薄くのばした巨大なパンに、どっさり盛った煮込み料理。スパイシーな香りが胃袋を刺激する。大皿代わりに使われるパンは、同じものを切り分けておき、それで煮込みを包んで食べる。2千年以上前からエチオピア人の食卓を彩ってきたメーンディッシュだ。
「見慣れない料理でしょう」と、在日30年のグルツェナ・ソロモンさん。東京・中目黒にレストラン「クイーン・シーバ」をオープンし、今年で17年になる。
もちっとした食感をもつパンは「インジェラ」といい、エチオピア特産の穀物テフから作る。水を加えて発酵させ、鉄板に流して焼き、ふたをして蒸す。料理法はシンプルだが、かける時間は半端ではない。下ごしらえの発酵だけでもエチオピアで4日、気候の違う日本では2週間の長丁場だ。その間カビないよう、表面を毎日洗う。十分に膨らんだら、少しだけちぎり、煮て、元のタネに戻す。それが刺激となって発酵が一気に進み、それから1日で準備完了。この仕込みが、インジェラ独特の酸味を生む。
煮込み料理の「ワット」は、「数え切れないほど種類がある」。唐辛子入りのスパイスをふんだんに使い、猛烈に辛い。中辛もあるが、主役はあくまで肉を使った辛口タイプ。豆類に野菜を足したものは、宗教行事の断食の期間中に食卓に上る。いずれも、タマネギを茶色くなるまでいため、17種のスパイスをまぜた香辛料ベルベレと、ショウガなどを加えて更にいためる。ペースト状になったら具を入れ、完成まで約3時間、決して手を休めてはならない。
なぜそこまで手間を?
「エチオピア料理の基本は、原形を隠すことだからです」。何が入っているのかゲストに言い当てられるようでは、手抜き料理と見なされてしまう、とソロモンさんは言う。「エチオピア人は形式にこだわりませんが、中身にうるさい。職人の、時間のかけ方を認めてくれる国です」