ドラムとギターが奏でる開放的なボサノバのリズムに、それとは裏腹な淡い哀愁を帯びた歌声が重なる――。
東京・四ツ谷にあるブラジル料理の老舗(しにせ)「サッシ・ペレレ」では、毎晩ボサノバやサンバのライブが開かれる。「本場の音楽を味わってほしい」。オーナーの小野敏郎さん(82)が言う。
50年前、移民としてブラジルに渡った小野さんは、「100以上もあるブラジルのリズムに魅せられて」サンパウロにレストランクラブを開く。「クラブ・イチバン」の名の通り、世界的なヒットを生んだジョルジ・ベンら一流の歌手を招いた。「日系人の間では高根の花≠フような店でした」と振り返るのは、当時現地で銀行に勤めていた吉田順治さん。小野さんが帰国後に始めた、ここ「サッシ・ペレレ」の常連だ。
この店にも、300人に及ぶ歌手や演奏者をブラジルから呼んでいる。「彼らを日本でスターに育てようとしたこともあったけど、気づいたらなんのことはない、自分の娘が一番売れてたよ」と、小野さんはいたずらっぽく話す。娘とは、世界で活躍するボサノバ歌手、小野リサさん。ここは、リサさんが初めて踏んだ舞台でもあった。
彼女のファンで働き始めたという若い店員が、名物の「フェイジョアーダ」を運んでくれた。かつて奴隷としてブラジルにやって来たアフリカ人が、主人が捨てた豚のしっぽや耳などを黒豆と煮込んで作ったのが始まりという料理。具は黒豆に牛肉や豚肉、スモークベーコン。内臓などが溶けるまで煮込まれていて、塩とこしょう、ニンニクというシンプルな味付けに、こってりとしたうまみを加えている。ご飯にかけると、カレーのように一口、また一口と進む味だ。
「ブラジルには、いい音楽があるからいい料理がある。音楽の『陰と陽』と料理の味付け、どちらもバランスに優れてるんだよ」。小野さんの言葉に力がこもった。