粉砂糖をたっぷり振りかけた、直径15センチほどの丸いパイ。ナイフを入れると、サクッとした生地の中からナッツやシナモンの甘い香りが立ち上る。見た目も美しいデザートのような一品は、「パセラ」。モロッコ人の祝いの席に欠かせないという伝統的な前菜だ。
「ゲストを招く時は、どの家庭でも必ずこれを出します」と、東京・神楽坂でモロッコ料理店「アガディール」を経営するバズィー・サディさん(50)。中に入っているのは鶏肉だが、本国では高級なハト肉を使うこともある。「ハト肉のパセラが出たら、そのゲストを大歓迎している証拠です」
オーソドックスなものは、3種の詰め物を重ねたつくりになっている。ハーブやスパイス、シナモン、砂糖などで味付けした鶏肉とタマネギ。そのソースをからめて作ったいり卵。それと、細かく刻んだナッツ類。小麦粉で作った皮と具を交互に重ね、丸い形にして焼き上げる。
見た目にたがわず、お菓子のように甘くて香ばしい。これが前菜なの?と驚くが、モロッコ人にとってパセラが甘いという感覚はあまりないという。ブドウやプルーン、アンズなどのドライフルーツを使った料理を食べ慣れているためかもしれない。
暑い国なので、ゲストを迎えるとまず砂糖を加えたミントティーを出す。これでさっぱりと口を潤し、パセラで始まるコースにとりかかる。大皿に盛ったフルーツやモロッコ菓子も欠かせない。
食事に手を抜かないお国柄だ。一日のメーンである昼食は自宅で、2時間かけて食べる。「家族の絆(きずな)がとても強いので、皆がそろう時間を大切にするのです」
ボリュームたっぷりな食事を常とするモロッコ人にとっても、やはりパセラは「お祝い料理」。「一人で食べる人はほとんどいませんね。小さいものも店で売ってはいますが、パセラは皆で分け合って食べてこそおいしいものですから」と、サディさんはほほえんだ。