南トルコの乾燥した空気と、照りつける太陽。ユナール・バスマジェさん(42)が、地中海沿岸の故郷を思うたび、記憶によみがえるのは夏の終わりの収穫の季節だ。ナスやパプリカを家の軒先につるしたり、屋上に敷き詰めたりして乾燥させる。街を挙げての冬の保存食作り。「お祭りみたいににぎやかになるんです」
ユナールさんが「お母さんのペースト」と呼ぶ赤いペーストも、この季節、各家庭が一斉に作る。
見た目はトウバンジャンにも似た調味料。細かく切った赤パプリカに塩をふり、天日で1週間ほど乾燥させ、油を加えてつぶして、できあがりとなる。
トマトやヨーグルトと並んで、「ペースト」はトルコ料理に欠かせない。野菜とあわせて前菜やスープになり、煮込み料理では味を決める。ちょうど日本のみそのような存在だ。凝縮したパプリカのうまみが、料理の味に深みを加える。
「クイマル・ウスパナック」も、そんな一皿。牛ひき肉とタマネギをいため、「ペースト」をほんの少しのばし入れる。ホウレンソウとご飯を加え、熱湯を注いで蒸し焼きに。その後、卵をのせてオーブンで焼く。熱々の赤いソースは、薄味で食べやすい。
ユナールさんにとって、これはお袋の味だ。近所でも料理上手で知られた母親は、毎年300キロもの赤パプリカを買ってきてペーストを作った。それを使った夕飯を、家族で囲んだものだった。
家族と離れて来日した22年前、ユナールさんは故郷の味が恋しくなって、料理を始めた。なかなか懐かしい味が出せずに、実家に国際電話をかけることもしばしば。やがて腕があがって店を開くことを考え始めた頃、帰省して母親に料理を作ると――。一口食べて、びっくりした表情で彼女は言った。「あんた私を超えちゃったよ」。その言葉に背中を押された。
東京・北青山に開いたレストラン「トプカプ」。夏には2号店が誕生する。いつか、母を店に招きたい。そんな夢が広がっていく。