ちょっぴり辛いソースに、ビールが進む。「チョエラ」は、歓迎の肉料理だ。「来客に出す酒のつまみで、いつでも食べられるように作り置きしておくことが多いです」。東京都港区でレストラン「レッサム フィリリ」を営むパサン・ビスワカルマさん(50)は話す。
肉は、鶏や羊を使う。トマトや唐辛子、ニンニクなどで作ったソースをボイルした肉にからませ、一晩寝かせる。ソースはケチャップのような舌ざわり。一口大の肉に、味がしみこんでいる。のみこんだ後も、舌に心地よい刺激の辛さが残る。
パサンさんは、エベレストのふもとの村で生まれた。30年ほど前に来日してから、日本とネパールを行き来している。日本で風力発電の技術を学び、母国の政府と協力して村に電気を引いた。水も引いた。「教育水準の低い祖国に、学校を建てたい」。日本にレストランを開いたのは、その資金集めが目的の一つだ。開店から6年、これまでに6校を建設した。
昨年、日本・ネパールの国交樹立50年を機に、「記念学校」を建てたい、と考え始めた。民族音楽のCDを店で売り、その収益金を費用にあてる。ネパール国内の各県に1校ずつ――それが夢だ。
「この国に来て、本当に幸せです」。パサンさんは、日本人への感謝を照れずに話す。その「恩返し」にと、日本の子どもたちを母国へ連れていったこともある。裸足で駆け回り、水くみの手伝いをする現地の子どもたち。「一生懸命生きている国を見せてあげたい」
草の根の交流の輪は、順調に広がっている。ネパールの首都・カトマンズの武道館建設に約1千万円の募金を寄せてくれた、姉妹都市・長野県松本市の人たちとも顔なじみになった。市の職員は親しみを込めて「パサン」と呼びかける。上京したからと店に立ち寄ってくれる市民もいる。彼らの合言葉は、「『リトルネパール』へ行こう」。パサンさんは、チョエラで迎える。