料理を食べてもらう喜び――。レストラン「シャマイム」の北岡タルさん(31)がそれを知ったのは、軍隊にいたときのことだ。「夕食の後でおなかがすくと、ありあわせの材料で料理を作った」。オムレツや野菜いため、時には、みそ汁や天ぷらも。仲間に振る舞うと、「おいしい、おいしい」と喜んでくれた。それが、原体験だ。
日本人の父とイスラエル人の母の間に生まれ、イスラエルで育った。高校を卒業して兵役に服し、それを終えて22歳で、父の祖国に単身でやってきた。つてを頼って「シャマイム」で働き始め、オーナーに腕を見込まれて、3年後には店を任された。
メニューの中で、一番の人気は「食べ放題コース」。ビュッフェのようにお客が自分で料理を取り分けるのでなく、店員が料理を運んでくれる。トマトとひよこ豆のスープ、羊肉のシシカバブ、レンズ豆入りご飯……。全部で15品、食べたい料理は何度でも注文できる。
この中の一品、「ファラフェル」は、粗びきしたひよこ豆とハーブの素揚げ。かじると中身の鮮やかな緑色に目を奪われる。食感は、コロッケというよりメンチカツという感じ。表面はカリカリ、羊肉を使っているような味もするが、植物素材100%。ハーブがきいていて、しつこくない。
中東の料理で、イスラエルではファストフードとして親しまれている。野菜や、ゴマなどのペーストと一緒に、丸いパンに詰めて食べる。これには、北岡さんの思い出も詰まっている。中学生のころ、学校帰りによく買って食べた。母親が外で働いていたから、夕飯までにおなかがすくだろうと、いつもお小遣いを持たせてくれた。台所に立って料理らしきものを始めたのも、母の帰りを待ちきれなかった、あのころだ。
食べることは記憶を紡ぐこと。「自宅に友人たちを招いた時のように、ゆっくり過ごしてほしい」。制限時間なしの食べ放題コースに、その気持ちを込めている。