ヒマラヤから解けだした氷が川となり、村じゅうの田畑を覆う。「水に沈んだ田んぼの水面に、きれいなハスの花が咲くんです」。バングラデシュ料理店「ジャラル」の壁一面に自ら描いた絵を前に、店長のジャラル・タルクダールさん(48)は話す。
古くから稲作が盛んで、収穫期には農村一帯が米の香りに包まれる。時に脅威となる洪水も、普段は肥沃(ひよく)な土壌を育て、エビや川魚といった川の幸をもたらす。
国民のほとんどがイスラム教徒で、牛肉を使った料理も多い。クミンやターメリックなど20種余りのスパイスで煮込んだ「ゴール マンゴシオー」は、その代表的な料理の一つだ。
水や小麦粉を一切使わず、あめ色になるまで煮たタマネギソースに牛肉を入れ、弱火で数時間。最後にゆでたジャガイモを加える。食べ進めるにつれ、凝縮された野菜の甘みと肉の旨(うま)みが染み出す。
「スパイス料理といって日本人がまず思い浮かべるのはインドカレー。でもそのルーツは牛肉を食べるイスラム教徒の料理にあるんです」
アラブ、モロッコ、トルコ料理――バングラデシュの味は世界のイスラム系料理につながるという。
食への関心が高い家庭に育った。三十数カ国を旅し、各国の料理を食べ歩いてきたが、自分で作るようになったのは留学で日本に来てから。
学業に追われ、インスタント食品で食事を済ませる日々が続いた。すぐに体調を崩し、食事がのどを通らなくなった。無添加食材が当たり前の故郷の料理を、国から送ってもらった家庭科の教科書を頼りに作った。それから20年。
店で使うスパイスや米は現地から取り寄せる。極力砂糖を減らし、牛乳を煮出してとったギーと呼ばれる油を使う。
「見た目はそんなによくないけどね」。一品一品手間ひまかけた料理は、体に優しいバングラデシュの家庭の味だ。