「故郷のラ・マンチャはウサギだらけ」と、指を鳴らしておどける、スペイン料理店「エルカステリャーノ」のオーナー、ビセンテ・ガルシアさん(59)。
スペイン中央部に位置するラ・マンチャ地方は、夏は暑く冬は極寒の乾燥地。農業や、野ウサギなどの狩猟が盛んだ。そんな土地の恵みを生かした料理が、住民たちの好物ウサギのシチュー。冬場に仕込む豚の生ハムと並び、どの家でもさばくところから調理できる一品という。
農家育ちのガルシアさんもよく食べた。早朝、畑仕事の前にウサギを捕まえ、石で窯を作り、収穫した野菜といっしょに大鍋に放り込む。すると昼には栄養たっぷりの煮込みが出来上がる。腹を満たしたら、また農作業へ戻る。「仕事の傍らに作る、田舎の生活に根づく料理だよ」
店では、地元から仕入れたウサギの肉をジャガイモ、トマト、ピーマンなどと煮込み、塩こしょうや香辛料のクミンを加える。素材のうまみを引き出した、気取らない味だ。
77年の開店当時、日本には本場のスペイン料理を出す店が少なかった。イベリア半島の大半を占める本国は、地方ごとに気候や生活様式が異なり、多様な食文化を誇る。14歳で料理の道に入った腕をいかし、各地方の家庭料理を届けてきた。ラ・マンチャ地方を舞台にした愛読書「ドン・キホーテ」の作中の料理にちなんだメニューを加えることもある。
豚の血の腸詰めは塩をふるとおいしさが増すよ、骨付き肉は手づかみでね、と口笛を吹きながら各テーブルをまわり、味を楽しむ「マナー」を教える。
店が最も活気づくころ、ギターを手にした歌い手ホルヘ・ディアスさんの熱っぽい歌声が響き始めた。壁や天井は、来店客のサインやメッセージがびっしり。記された年代、言語もさまざま。ガルシアさんの味ともてなしに満足した証しなのだろう。