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2008.2.7(木)更新  秋元 康 ナビゲート 夢中力/舞台を見て支えて楽しんで
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秋元康 ナビゲート 夢中力
 
舞台を見て支えて楽しんで

歌舞伎   東大大学院教授 船曳建夫さん

船曳建夫さん
本番を前に、三味線の伴奏で声を出す姿も堂に入っていた(中央)=東京・銀座の歌舞伎座稽古場で

 まだ中学生だった少年は、遊びに行った友達の家で、テレビの歌舞伎放送にくぎ付けになった。「何で、って説明できないけれど、とにかく一目で歌舞伎のとりこになった」

 鑑賞歴は以来50年近く。文楽にも傾倒し、演劇評やエッセーも手がける。「舞台で演じられるものは何でも好き。本物に触れたとき、心や体に切り込んでくる何かを感じる」。その感動と興味は、儀礼や祭りと演劇表現との関係にも及び、文化人類学の道へ。「僕の中では、歌舞伎も研究のためのフィールドワークも、同じ興味の線上にある」

 歌舞伎を見る側から、舞台に上がる側になったのは7年ほど前。「河東節十寸見会(かとうぶしますみかい)」に参加してからだ。取材で知り合った市川団十郎さんの縁で、河東節の師匠を紹介してもらった。けいこに出てみると、周りはほとんどがプロの歌い手。師匠の山彦節子さんは、なんと人間国宝だった。

 「仕事では先生なんて呼ばれる身分になったけど、おけいこでは下っ端も下っ端。当然、小僧扱いです」。言葉とは裏腹に、無邪気に笑うその表情は、まんざらでもないようだ。

 高校は演劇部だった。そもそも舞台に立つことが好きなのかと思いきや、舞台のライトに一度も当たったことはなかったという。「極度の恥ずかしがり。自分が写った写真を見るのすら苦手だった」。ところが、着物を着ると、ファインダーの前でも不思議と落ち着くことができた。「いい意味で、自分が自分でなくなる」。着物が、船曳さんを演者に変えるスイッチのようだ。

 1月の初春大歌舞伎千秋楽。歌舞伎座に船曳さんの姿があった。河東節十寸見会の一員として「助六」の舞台に立つ。袴(はかま)のひもをきゅっと締めた瞬間、スイッチが入ったのだろう。その顔は、大学院教授から舞台を支える一人の浄瑠璃師になっていた。

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 ふなびき・たけお 
 1948年生まれ、東京都出身。東大大学院総合文化研究科教授。文化人類学者としてメラネシア、ポリネシア、日本、東アジアのフィールドワークを行う。「知の技法」シリーズ(東京大学出版会)の編者としても知られる。近著に「右であれ左であれ、わが祖国日本」(PHP新書)など。
趣味は、もうひとつの人生

 何かの折りに聞いてみた。「誰でも勉強すれば、東大に入れるんですか?」。すると船曳建夫は、間髪入れず、こう答えた。「無理ですね。東大は特殊ですから……」。そして、こうも言った。「東大は遺伝するんですよ」。誤解のないように言っておくと、それは、彼独特のジョークである。

 実際、船曳家は妻も子どもも東大である。しかも親類も東大が多いそうだ。そう聞くと、僕のような凡人は、単純に「頭のいい家系なんだなあ」と感心してしまうのだが、彼の口調にはエリート意識などみじんも感じられない。

 歌が上手(うま)い、料理が上手い、野球が上手いというように、人には、それぞれ、才能がある。自分にあるもの、自分にないもの、文化人類学者の彼は楽しみながら、それを探している。

 だから、彼は、芸術の分野で煌(きら)めく才能を発揮している人々に憧(あこが)れを抱く。歌舞伎はもちろん、能や狂言や落語にも造詣(ぞうけい)が深い。おそらく、それらを演じる芸術家に嫉妬(しっと)している部分もあるかもしれない。

 一流の歌舞伎役者には、板の上で放つオーラがある。けいこを積めば誰でも得られるというものではない。原石の中に眠る才能。彼が魅入られたのは、古典芸能の決め事の美と予測不能の一瞬の色気のようなものではないのか。

 船曳建夫は、浄瑠璃師としての自分の才能をどう見ているのだろうか。次回、会った時に聞いてみたいと思った。

秋元 康さん

 あきもと・やすし
 1956年、東京生まれ、作詞家。4月1日付で京都造形芸術大副学長に就任。
 ◆河東節十寸見会
 河東節は、江戸・享保年間に、十寸見河東という浄瑠璃師が広めた三味線音楽の一流派で、当時の富裕層や知識層に愛された。「助六」はその代表曲で、江戸時代から市川団十郎が演じる「助六由縁江戸桜」には伝統的に河東節が用いられてきた。江戸中期以降、清元などに人気を奪われ、プロの浄瑠璃師がほとんどいなくなってしまったため、芸を知る商家の旦那衆などが語り継いだ。その流れで1919年、門弟によって結成されたのが十寸見会。現在、プロ、アマ含め、全国に約500人の会員を抱えている。

(2008年2月7日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)
 

 

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