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浮世絵【下】 山口県立萩美術館・浦上記念館

「動画の北斎」と「写真の広重」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州江尻」(横大判錦絵、1831~34年ごろ)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州江尻」(横大判錦絵、1831~34年ごろ)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州江尻」(横大判錦絵、1831~34年ごろ) 歌川広重「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」(大判錦絵、1857年)

 公立美術館では珍しく、浮世絵をコレクションの中心にしているのは、山口県萩市の県立萩美術館・浦上記念館です。菱川師宣(もろのぶ)や月岡芳年(よしとし)ら、江戸前期から幕末・明治期までの代表的な絵師の版画約5500点を収蔵しています。

 ここでは名所絵を見てみましょう。美人画や役者絵と並んで人気主題だった名所絵は、19世紀以降、庶民の間で起きた旅ブームにのって大流行しました。名所絵の達人でライバル同士だったのが、北斎と広重です。私は、現代に2人がいたら、北斎は映画監督、広重は写真家になっていたんじゃないかと思うんです。

 例えば、動画のような臨場感を感じさせるのが、北斎が70代で手がけた「冨嶽(ふがく)三十六景」シリーズの中の「駿州江尻(すんしゅうえじり)」です。線だけのシンプルな富士山をバックに、紙が舞い上がる様子を生き生きと描いています。不動の富士と、一陣の風にも慌てふためく人間が対照的ですね。

 一方、「カメラマン広重」ならではの視線が見られるのは、最晩年にして最大のシリーズ「名所江戸百景」です。安政の大地震から復興する江戸の街や人々の暮らしなど、時代の空気を絵で切り取りました。「堀切(ほりきり)の花菖蒲(はなしょうぶ)」はその中の一枚。花にとまった虫の目線のように低い位置から描いています。カメラのズーム機能を使ったように近景を誇張した構図は晩年の特徴です。

(聞き手・牧野祥)


 コレクションの概要

 萩市出身の実業家・浦上敏朗氏が、収集した浮世絵約2千点、中国・朝鮮の陶磁器約300点などを県に寄贈。この2分野を軸に、1996年に美術館が開館した。浮世絵は、年10回ほどテーマを立てて公開している。

 「駿州江尻」は、4月29日~5月28日の普通展示「北斎と広重 浮世絵に描かれた富士Ⅰ」で。「堀切の花菖蒲」は、館蔵の浮世絵から季節に合わせた1点だけを展示する特選鑑賞室で4月30日まで。

《山口県立萩美術館・浦上記念館》 山口県萩市平安古町586の1(TEL0838・24・2400)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。普通展示は300円。4月25日~28日、5月15日休み。

木村泰司さん

国学院大文学部教授 藤澤紫さん

ふじさわ・むらさき 史学科で日本美術史、日本近世文化史、比較芸術学を教える。国際浮世絵学会常任理事。著書に「鈴木春信絵本全集」「遊べる浮世絵 体験版・江戸文化入門」など。

(2017年4月25日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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