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ロダン彫刻【下】 大原美術館

世を揺さぶった話題作

「洗礼者ヨハネ」 1880年 ブロンズ
「洗礼者ヨハネ」 1880年 ブロンズ
「洗礼者ヨハネ」 1880年 ブロンズ 「歩く人」 1907年 ブロンズ

 世の中に衝撃を与え、彫刻家としての名声を高めたロダンの2作品を、岡山県倉敷市の大原美術館で見ることができます。

 一つは、説教する「洗礼者ヨハネ」像です。この作品が発表される前、ロダンは36歳の時にベルギー兵士をモデルにした等身大の立像「青銅時代」をサロンに出品しました。ただ、あまりにも自然で精巧な造形は、人から直接型を取ったのではないかという疑惑をかけられます。美術アカデミーの慣例から外れたタイトルも、当時は受け入れられませんでした。それに抗議するために制作したのが、このヨハネ像。高さ約2メートルと人体より一回り大きくし、誰もが知る流行(はや)りのモチーフと題を選びます。左の人さし指は足を、右の人さし指は口を指して「私は歩き、語っている」と、洗礼者の使命をあえて説明的とも言える姿で表現しています。

 もう一つは、「歩く人」。ヨハネ像の胴体と足のパーツを組み合わせ、新たに再構成したものです。重心をかけた支脚と、添えた遊脚でバランスを取るのが人体表現の主流だったのに対し、本作は両足が突っ張り、重心は分散しています。「運動の持続性を表しており、芸術が真実を語る」と、ロダン。断片的な立体から「運動とは何か」を問い続け、導き出した結論が、このそぎ落とされた身体なのです。

(聞き手・井本久美)


 どんなコレクション?

 所蔵のロダン彫刻は、本館正面玄関前の「洗礼者ヨハネ」と「カレーの市民 ジャン・デール」、分館前庭にある「歩く人」の3点。常設展示中。

 日本初の西洋美術中心の私立美術館で、ゴーギャン、モネ、マティスらを中核に、近現代の西洋美術、明治以降の日本近代美術、工芸や東洋、オリエント美術に至るまで幅広い。実業家・大原孫三郎(1880~1943)が、友人で画家の児島虎次郎の「日本の若き画家に西洋絵画を」との思いに賛同して支援、収集した。

《大原美術館》 岡山県倉敷市中央1の1の15(TEL086・422・0005)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。1300円。(祝)(休)を除く(月)休み。10月は無休。

高橋幸次さん

日本大芸術学部教授 高橋幸次

 たかはし・こうじ 東京大大学院修士課程修了。日大で西洋美術史、美術学などを担当する。近・現代彫刻史の視点から、立体作品と空間・環境・場所の関係を研究。共著に「フランス近代美術史の現在〈ロダン神話の解体と展望〉」他。

(2017年10月3日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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