読んでたのしい、当たってうれしい。

ひとえきがたり

南阿蘇水の生まれる里白水高原駅(熊本県、南阿蘇鉄道高森線)

田園のただ中、本と出会う

野焼きされた夜峰山を背に、トロッコ列車「ゆうすげ号」が駅を発車する=熊本県南阿蘇村中松
野焼きされた夜峰山を背に、トロッコ列車「ゆうすげ号」が駅を発車する=熊本県南阿蘇村中松
野焼きされた夜峰山を背に、トロッコ列車「ゆうすげ号」が駅を発車する=熊本県南阿蘇村中松 地図

 阿蘇山火口丘にある夜峰(よみね)山の裾野に、田園が広がる。その中を走ってきた列車が、十二角形の屋根を持つログハウス風駅舎の前で止まった。降車した女性たちが向かうのは、ホームの駅看板。沿線にわく水源をたたえる駅名の上に「日本一長い駅名」と書かれている。

 お目当ての記念撮影を終えて駅舎をのぞくと、図書室のような空間があった。「どちらからですか」。竹下恵美さん(26)と中尾友治さん(26)が迎える。2人は、駅舎で土日祝日に開く古本屋「ひなた文庫」の店主だ。

 中尾さんの故郷であるここ南阿蘇村には、図書館や書店がない。広島の大学で出会った竹下さんと、2年前に隣町へ移住。「心地よく読書できる場を作ろう」と語り合ってきた。竹下さんは出版社に勤めたこともある本好きだ。沿線の長陽(ちょうよう)駅で駅舎を活用したカフェがあることを知った2人は、村役場に古本屋作りを申請。昨年5月、ひなた文庫を開店した。

 古道具屋で見つけた戸棚と、木のリンゴ箱が本棚代わり。小説、実用書、雑誌など約千冊を並べる。一部は「卒業旅行計画」「ピクニック」などのテーマで毎週入れ替え、常連客も飽きさせない。

 午後、熊本市から家族連れが車で訪れた。「去年ここで絵本を買ったの」と熊沢希予ちゃん(9)。広島から来た祖母を案内した。線路脇の菜の花を揺らした風が、駅舎に吹き込む。日だまりのような心地よさに包まれた。

文 中村和歌菜撮影 桐本マチコ 

 「ひとえきがたり」は今回で終わります。

 沿線ぶらり  

 南阿蘇鉄道高森線は、立野駅(熊本県南阿蘇村)と高森駅(高森町)を結ぶ17.7キロ。3~11月の(土)(日)(祝)を中心にトロッコ列車が運行する。

 沿線には「名水百選」「平成の名水百選」に選ばれた水源地が点在する。白水高原駅から徒歩5分の寺坂水源は鉄橋の真下にある。ひなた文庫でふるまう紅茶は、池の川水源でその日午前中にくんだ水を使用。隣駅の中松駅から徒歩5分。南阿蘇白川水源駅から徒歩7分の白川水源は毎分約60トンの湧出(ゆうしゅつ)量を誇る。問い合わせは南阿蘇村企画観光課(0967・67・1112)。

 

興味津々
ひなた文庫

 ひなた文庫では竹下さんの手作りブックカバー(1500円)なども販売。(土)(日)(祝)の午前11時~午後4時。最新情報の確認や問い合わせはツイッターで。

(2016年3月29日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

ひとえきがたりの新着記事

  • 余部(あまるべ)駅(兵庫県、JR山陰線) 城崎温泉駅から普通列車で西へ30キロ。トンネルを抜け、余部橋梁(きょうりょう)に差し掛かった瞬間、眼下に青々とした日本海が広がった。

  • 遠野駅(岩手県、JR釜石線) 田園風景を抜けると、重厚な佇まいの駅舎が現れる。欧州の建築様式を採り入れた瓦屋根の2階建て。1950年建造の駅舎は今取り壊し論争の渦中にある。

  • 広電宮島口駅(広島県、広島電鉄宮島線) 今年、世界遺産登録20周年を迎える宮島・厳島神社への玄関口。広電の電車を降りた人々が、JR宮島口駅からまっすぐ港へのびる道を歩いてくる人々と駅前ロータリーで合流し、足早にフェリー乗り場へと向かっていく。

  • 川村駅(熊本県、くま川鉄道) 観光列車「田園シンフォニー」が到着すると、名誉駅長・下田幸(みゆき)さん(93)が乗客を出迎えた。明るいピンクの口紅と指先のマニキュアがまぶしい。

新着コラム

  • 美博ノート 五十三次 京三條橋 江戸・日本橋から約500キロ、東海道五十三次の終着点は京の玄関口・三条大橋。東山や八坂の塔を背景に、頭に薪をのせて売り歩く大原女、茶筅をさした竹棒をかつぐ茶筅売り、衣を頭にかぶった被衣姿の高貴な女性が行き交う。

  • 建モノがたり 本館古勢起屋 (山形県尾花沢市) 川の両岸にレトロな旅館が立ち並ぶ。そんな銀山温泉のイメージを体現する築110年の「本館古勢起屋」は、老朽化などのため約20年ほぼ放置されていた。

  • 私のイチオシコレクション カメイ美術館 当館は仙台市に本社をおく商社カメイの第3代社長を務めた亀井文蔵(1924~2011)が半世紀以上かけて収集したチョウをコレクションの柱の一つとし、約4千種、1万4千匹の標本を展示しています。

  • ななふく浪曲旅日記 浪曲は治療、なら、浪曲師はお医者さん? 朝日新聞のWEBRONZA論座で「ななふく浪曲旅日記」として、連載をさせていただいておりました。浪曲のお仕事でさまざまなところへ旅をする中で感じたことを綴っておりましたのを、装い改めて、こちらで再連載することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。