「しのび会う恋を〜 つつむ夜霧よ〜」ご存知、僕もカラオケで良く歌う「夜霧よ今夜も有難う」の歌い出し!「心の底から〜 しびれるような〜」の「銀座の恋の物語」と共に定番中の定番、これら石原裕次郎の歌が、映画の主題歌でもあることは皆さん
ご存知ですよね?!
ラブ・ストーリー&恋愛映画のジャンルで、不朽の名作とこれからロードショウ公開される最新作の両方を交互に紹介していくこの連載。今月は往年の邦画から。戦後の銀幕のスターは数いれど、時代を代表するような本当のビッグスターはそう沢山ではない。そういう存在の筆頭が、裕次郎ですね。明るくて破天荒な若者として1956年、彗星のようにデビュー、出演作はヒットし続け映画界の救世主的存在だった。1966年生まれの僕はTV「太陽にほえろ!」世代で、リアルタイムでスクリーンで観たワケではないのですが、勝新太郎や市川雷蔵、そして菅原文太の映画同様、彼の映画も大好きでビデオで殆どを見ています。彼らの古き良き時代の輝きに満ちた勇姿は、時を超えて文句なく楽しめます!
デビューから約7年を経た1963年頃、裕ちゃん人気もひと段落し、若者から大人への脱皮を図らなければならなくなった。そこで映画会社が考えたのが、歌手としても成功していた彼のヒット曲にからめた同名の映画を作り、二匹目のドジョウを狙うこと。その一連の哀愁に満ちた独特の作品群が(日活ムード・アクション)だ。「夜霧のブルース」(1963)、「赤いハンカチ」(1964)、「夕陽の丘」(1963)、「黒い海峡」(1963)、「泣かせるぜ」(1965)、「二人の世界」(1966)、「夜霧の慕情」(1966)、「夜霧よ今夜も有難う」(1967)、「忘れるものか」(1968)と歌の題名として記憶に残っているものばかり。オハナシの設定は大体決まっていて、恋する二人の間には、足を洗いたい夜の世界の影響で障害がある、というモノ。
1967年(昭和42年)の2月にシングル盤が先行発売され、250万枚の売り上げを記録し、追っかけるように映画も製作、公開。このとき僕はたったの0歳なんですな。共演はこれらのほとんどの作品で裕ちゃんと最多共演の浅丘ルリ子。彼女が最も輝いていたと言っても過言ではない、可憐で無邪気な少女から、憂いを含んだ大人の女への変換期でした。
「夜霧よ〜」は、ハンフリー・ボガードとイングリッド・バークマンの名作「カサブランカ」(1942)がベース。ボギー同様に裕ちゃんは横浜でクラブを経営し、密出国に加担していたりする。ある日彼の店にやってきたのは、かつて彼と将来を誓ったはずの浅丘ルリ子、あとはご存知の通りの展開に。特筆したいのは、裕次郎の年老いた相棒役の高品格がイイ味を出していて、のちにTVシリーズ「大都会」の刑事役に引き継がれていたり、また、クラブで働く女に扮した太田雅子、実は改名前の「女囚さそり」シリーズの梶芽衣子。けだるく歌うシーンがタマリませ〜ん。他には二谷英明、小松方正というお馴染みの面々。「君の瞳に乾杯」ならぬ「僕たちは千五百回の朝と昼、そして夜を過ごした」なんてセリフが、ボギー同様にあまりにもキザでカッコイイづら〜〜。
私生活はというと、裕次郎の実際のパートナー、奥さんは元女優の北原三枝。裕次郎よりも先にスターであったけれど、撮影所で知り合い、何本も共演作を残した後、結婚、引退し、生涯おしどり夫婦であったのは有名。裕次郎は1987年に52歳で死去。一方、その可愛さが細川ふみえに似ていたりした浅丘ルリ子は、裕次郎より早い1954年少女スターとしてデビューし、小林旭主演の「渡り鳥」「流れ者」「銀座旋風児」シリーズのヒロインで人気を博し、その終焉と共に裕次郎作品にシフト。同時期に「執炎」(1964)「愛の渇き」(1967)などで、エロティックを全面に出し屈折した心理まで表現する演技派に成長、その後は大女優の道を突き進む。「男はつらいよ」シリーズのマドンナとしても最多4度の出演。1971年に俳優で1歳下の石坂浩二と結婚したがすぐに別居生活となったらしく、2000年に離婚。60代の今だ現役で活動しているのが凄い。
二人の共演は、永遠に映画史上に残るスクリーンのベスト★カップルの中のひと組であるのは誰しも異論はないでしょう。本作は有名だから選んだのですが、実は僕がこの2人の最高傑作だと思っているのは「憎いあンちくしょう」(1962)なんです。プログラムピクチャーの域を超え、今見ても斬新なラブストーリー。DVDにもなってますし、機会があったらゼヒ見てくださいね〜!