男と女ってそうそう、こんな風に始まって、こんな風に終わるよなあ〜・・・って、実にしみじみと、可笑しさと哀愁を醸しながら観せてくれる。男と女は結局相容れない、永久に理解し得ないものなのだ、というのはウディの多くの作品のテーマになってます。でも、そうとはわかっていても、ホレずにはいられない、ままならなさと矛盾。
今やアメリカを代表する監督のウディ。僕は長年のファンなんですが、「アニー・ホール」はまさに彼のキャリアの分岐点、コメディ作家から本当の作家へと脱皮した、後へ続くエポックメイキングな野心作でした。アカデミー作品・監督・脚本・主演女優賞を獲得し、一躍時の人に。それまでは大袈裟な、いかにものフィクション・コメディばかりだったけど、これは彼の実際の生活そのままに描いたの?と思う程日常的な世界。大都会、沢山のストレスを抱える自分勝手同士の恋愛、すれ違い、もがき、別れる。見終わった後の喜劇とも悲劇ともつかない微妙な味わい。
既に4本の作品で共演していた当時の実際の恋人、ダイアン・キートンを再びタイトル・ロールの主役に据え、まるで2人の実生活そのままのよう。テニスの練習場で初めて出会い、美術館や公園でのデート、精神科への通院、頻繁にある業界のパーティー、etc...アッパーのほうのニューヨ−カーの生活ってこんなんだなー。
■実生活も恋人同士、映画なぞり離別
チャレンジ精神にあふれたアメリカン・ニューシネマ全盛の時代。リアルであると同時に、沢山の映画的実験が詰まってて、今も30年以上前とは思えないほど古さを感じない。アバンギャルドなんです。例えば、ウディ扮する主人公は、物語の最中に突然こっちを向いて観客に話しかけたり、セリフとは別に心の声を字幕で読ませたり、時間が突然過去になって、そこに現在の登場人物を居合わせてみたり、本物の批評家・マクルーハンが画面のソデから出てきて解説したり、見ず知らずの通行人に突然悩みをぶつけて即、答えを返してもらったり。現実と虚構の世界が常にせめぎ合って、境界が曖昧なのは、後の作品にも続きます。
ウディ扮するアルビーは、ダイアン扮するアニーを、特に美人でもないし、最初は奇妙な女性だなと思いながらも、その個性にいつの間にか惹かれてしまう。男物の帽子にサングラス、きつめなシャツとベスト、大きめなネクタイとパンツを、ちぐはぐな何とも奇妙なファッションは、アニー・ルックと呼ばれて当時大流行。衣装はラルフ・ローレンだったんですね。
■過去引きずる男、ドライな女……
毎日デートして、朝までお喋りするようになり、やがて同棲。ラブラブの時は、彼は笑いのセンスに長け、ロマンチストであり、魅力に溢れていた。しかし、良い時期は長くは続かない。時がたつにつれて、お互いの欠点が目についてくる。一旦抱いた不信感はどんどん広がって、ミゾは深まる。お互いに精神科医にかかって、悩みを相談する始末。決定的なのは、歌手を目指すアニーが、ポール・サイモン(サイモンとガーファンクルの)扮するプロデューサーと出会って、チャンスを掴んだこと。そうなると独占欲が強く、頑固なアルビーの存在は、邪魔なだけ。2人は別居、アニーは夢を叶えるべくカリフォルニアに飛ぶ。
別れたがアルビーはまだ未練たらたらで彼女を忘れられない。寂しさと憂鬱(ゆううつ)を紛らわそうと別の女性と付き合ってみるが、何かが違う。笑いのツボやノリと相性の良さはアニ−以外の誰かには無い資質だった。とうとうアニーの後を追って大嫌いな西海岸へ行き、やり直そうとアニーに迫るが、彼はすでに過去の存在であった・・・。後悔したり、強がったり、本人にとっては深刻なのだろうけれど、とても滑稽。僕も過去を振り返って、非常に共感・・・(恥)。こういうとき、いつも女のほうがクールでドライだけど、男はいつまでも引きずるんだよね〜。
長年のホントのパートナーだった2人は、この作品の数年後に破局。それを暗示していたかのようだが、実際は映画よりは友好的な別れだったのかな? いずれにしても、計9本の珠玉の作品を残し一時代を築いた2人は、公私共に映画史に残るベストカップルと言って良いでしょう。
余談ですが他に、意外な出演者の顔が。ジェフ・ゴールドブラム、シェリー・デュバル、そしてアニ−の病的な弟役でクリストファー・ウォーケン! かなり怖くて、ハマリ役。撮影は光と影の魔術師「ゴッドファーザー」(1972)のゴードン・ウィリスだから、きれい。以降、80年代後半までウディとのコラボレーションは続きます。
■アレンのピンチにキートン共演で励ます?
ウディ・アレンは1935年NYのブロンクスに生まれ、学生時代からコメディ・ライターとして才能を発揮、舞台、小説、そしてスタンダップ・コメディ、それから映画へと移行。ほぼ1年に1本のペースで独自の作品を精力的に撮り続け、世界的な映画作家に。ダイアンとのコンビ解消後、長い間パートナーだったのが、ミア・ファロー。13本ものコラボ作品を残し、結婚はしなかったものの1人の実子ももうけた。しかし、有名なスキャンダルが起こり二人の関係は劇的に終わる。ミアの沢山いる養子の1人、スー・インとウディが肉体関係を持ったことが発覚、ミアは激怒、裁判にまでなって、ウディは実子に頻繁に会えなくなってしまった。のち、ウディは責任を取ってスー・インと結婚。
この頃、ウディは精神的にかなり打ひしがれていたのであろう、作品の傾向はお手軽なコメディへの回帰が感じられ、純粋に楽しさに没頭しようとしているのがうかがえる。騒動の最中に撮った「マンハッタン殺人ミステリー」(1993)について、「たいして意味のない作品に1年を浪費してしまった」「現実逃避の映画だね」とコメント。確かに重要な作品ではないが、1つイイ話しがある。ダイアンが14年ぶりに彼と共演している(「ラジオ・デイズ」(1987)での友情出演を除く・共演はナシ)。まるで傷ついているであろう、ピンチの旧友を励ましに来たかのように。男と女の関係ではなくなっても、友情と尊敬で結ばれている2人は素晴らしい。最近もウディは老いて益々挑発的で野心的な作品を作っているのはホントにアッパレ。
ダイアン・キートンは1946にロサンゼルスで生まれ、19歳でNYに移り、演技を学び1969年舞台デビュー。この頃ウディと知り合う。ウディが書き主演した舞台「ボギー!俺も男だ」で初共演。「アニー・ホール」以降も、アカデミー主演女優賞に3度ノミネート。押しも押されぬ演技派女優の地位を築く。ウォーレン・ビーティ、アル・パチーノ、ジャック・ニコルソンらと付き合っていたらしいが結婚はしなかった。3本の映画を監督したり、写真集も出しているカメラマンでもある才女。しかし、ウディがいなかったら今日の彼女は有り得なかったであろう。
と、いうワケで、男と女は永遠に平行線を辿る異世界の生き物。それでも何故か欲しくなるんですな、タマゴが・・・。