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2008.2.14(木)更新  ラジカル鈴木のこの2人が最高!!
ラジカル鈴木のこの2人が最高!!
第9回 「ゲッタウェイ」
スティーブ・マックィーン & アリ・マックグロウ
ラスト、コーション
■この共演から結婚へ

 今回は往年の名作からですが、これぞスクリーンのベスト・カップル!! この映画の共演がきっかけで付き合い、結婚してしまったのだから、ナンとも色っぽいぢゃあありませんか〜。役柄がまた夫婦でイイんだな、コレが。長いムショ暮らしから出所した銀行強盗と、待ちかねていた恋女房。ラブラブだったり、仲たがいがあったり、でも困難を乗り越える度に2人の絆はまた深まって・・・

 1972年、当時のマックィーンは人気絶頂のドル箱スター、下積み時代から15年連れ添った妻と離婚、独身を謳歌していた。アリ・マックグロウは「ある愛の詩」(1970)で脚光を浴びた新進人気女優、その制作会社・パラマウント映画社長のロバート・エヴァンス夫人で子供もいたから、不倫だったワケだけど、自分をコントロールしようとする夫にウンザリしていたという。生まれも育ちも対照的だった2人。マックィーン曰く「最初に会ったとき、なんて脚の長い女だと思った」んだそうで、一目惚れかな? 前妻の元女優ニール・アダムス同様、黒髪でスレンダーで似たタイプだなあ、と思うのは僕だけ(かなりマニアな意見かもしれませんが)?

 余談だけど、皮肉にもそのハリウッドに君臨していたプロデューサー、エヴァンスが作ろうとしていた「華麗なるギャツビー」(1974)の最初のキャストがマックィーン&アリだった。しかし妻を寝とられちゃったエヴァンスはキャスティングを変え、ロバート・レッドフォードとミア・ファローに、という経緯があったり。この辺りはエヴァンスの隆盛と失落を描いた作品「くたばれ!ハリウッド」(2002)を観ると詳しく知ることが出来ます。

■妻を平手打ち バシバシ!

 マックィーン扮するドク・マッコイ(名前がイイネ!!)には、刑期が短くなった代わりに再び銀行強盗をする約束があり、計画しグループで実行。上手く行くかに見えたけど、想定外のトラブルが発生。ドクと、アリ扮する妻キャロルは、強奪した金を持ったまま、夫婦で逃げるハメになる。

 最も物議を醸したのが、ドクがキャロルの頬を思いっきり平手でバシバシ!!と何発も殴るシーン!! ハードな、下手すると男尊女卑とも取られかねないこのシーンに、当時は話題騒然。理由は、銀行強盗を計画した黒幕の警察所長とキャロルがデキているとドクが知ったから。夫を早く出所させるための、身体を張った取り引きだったのだけど、ああ、辛い事実。ドクは古いタイプの亭主関白だけど、これは現代のアメリカでは完全にタブーでしょ。しかしそこは昔気質の、乾いたバイオレンス映画の鬼才・サム・ペキンパー監督の世界感だったのでしょう。自分のためとは言え、男と関係した妻を、ドクは許すのか許さないのか・・・以後、夫婦の関係は微妙になります。

 マックィーン!!圧倒的にカッコイイ!!1960〜70年代最も人気の映画スター。クセのあるマスクなのだが、何故かどこからどう撮られても絵になる。1930年、インディアナに生まれ、父親は生後6か月で蒸発し、母とミズーリの牧場で育つ。ロサンジェルスに移り、少年時代には少年院に入っていた。後、職を転々としたのち、演技を志してスターの座を掴む。ネイバーフット・プレイハウス、アクターズ・スタジオ等で演劇を学び、「傷だらけの栄光」(1956)で映画デビュー、TVの「拳銃無宿」で人気に。兵役の経験があるので、機敏で、銃器の扱いが抜群にリアルで上手い。この「ゲッタウェイ」でもショットガンを実に自然に撃ちまくります。出世作は「荒野の七人」(1960)「大脱走」(1963)で、映画スターとして人気に火がつく。「シンシナティ・キッド」(1965)、「華麗なる賭け」、「ブリット」(1968)ライフワーク的作品「栄光のル・マン」(1971) 「パピヨン」(1973)、演じてきたキャラクターはどれもが、不屈の精神、反骨心、一匹狼と、一貫しています。パニック大作「タワーリング・インフェルノ」(1974)では共演の先輩スター、ポール・ニューマンを完全に喰ってました。バイクやカーアクションを自らこなし、プライベートでもスピード狂で2輪、4輪共に多数のレースに出場、撮影中も、怪我するリスクを追ってでもレースに出続けた。また空手もやっていて、ブルース・リーやチャック・ノリスの道場の門下生でもあったり。

■大スター支えた3人の妻たち

 男が出世するには、支えていた女の存在が。前妻のニールと知り合った頃、彼女はブロードウェーのスター、片やスティーブはまだかけ出しの役者。少年院あがりの不良とは分不相応と周囲の反対があったが、愛し合って1956年に結婚。彼女はスターの座を退き家庭に。それからマックィーンはメキメキと売り出す。息子、娘をもうけ、息子チャド・マックィーンはのちに俳優に。おしどり夫婦だったが、独立プロのビジネスを一緒にやりだしたことや、またマックィーンのレース熱が冷めない、などの理由で1972年離婚。こんな2人でも終わりは来るんですからねえ〜、ワカランもんです。3度結婚してて、2度目がアリ。子供が流産?(一説には2人の子供がいる? 真相は如何に)などのせいか結局5年後の1977年に離婚。3度目の結婚相手はモデルで28歳年下の20歳、バーバラ・ミンティと1977年に。彼女が最後の妻となる。1980年、肺ガンにより50歳で死去。命日の11月7日は、奇しくも僕の誕生日なんです。僕がリアルタイムで劇場で観たのは、亡き後公開の遺作「ハンター」 (1980) でした。あとはほととんどがTVで初見。ジョン・レノン同様、亡くなって28年。

 「ゲッタウェイ」に話を戻します。2人の印象的なシーンはいっぱいあるけど、特に素敵なのは・・・追手から逃げまくって、ゴミ収容車でゴミごと運ばれ、一緒に廃棄場に捨てられちゃう夫婦。お互い傷とホコリだらけ、汚くてボロボロだけど、こんな思いまで一緒にしちゃって、やっぱり運命、離れられないんだナア、と改めて仲直りするシーン。 アリのセリフ、「もう、こだわらない?」ドク「ああ、、もうこだわらない」「あんたをシャバに出すためだったら、アメリカ中のオマワリと寝るわよ!」素晴らしい、男冥利に尽きるセリフ!! すっかり夫婦の絆も深まってホント良かった! ほとんど音楽のない作品だけど、ここであの御大クインシー・ジョーンズの切ないスコアが、ハーモニカの巨匠トゥーツ・スティールマンスの演奏で奏でられる・・・。

 アリ・マックグロウは1939年ニューヨーク生まれ。マサチューセッツの大学で美術と演劇を学び、雑誌仕事を経てモデルに。68年映画デビュー、69年「ある愛の詩」、72年に「ゲッタウェイ」、マックィーンと結婚、5年後に離婚。1978年のアメリカ版トラック野郎「コンボイ」で映画に復帰、僕も劇場で観たなー。その後の出演作はほとんど知りませんけど。そんなに美人でもない彼女の魅力は、何と言ってもマックィーンも言っていた"脚"と膝ではないでしょうか!! ホントに綺麗、「ゲッタウェイ」ではミニで非常に良〜く拝めます、とってもエロいんです。後にアレック・ボールドウィン、キム・ベイシンガーの夫妻(当時)で1994年にリメイクされたけど、ヌレ場が露骨なだけで、出来はオリジナルの足下にも及びませんでしたね〜。ではまた次回!

ラジカル鈴木
 フリーのイラストレーターとして20年以上のキャリアを持ち、現在ではイラストのみならず、雑誌や新聞で映画レビューや旅行ルポ、ダイエット記などを執筆しており文筆家としても活躍している。

 ニューヨーク・アート・ディレクターズ・クラブ賞銅賞受賞(米国)、ユネスコ国際ポスター展入選(仏蘭西国)をはじめ、国内外の賞を数多く受賞している。2006年には文化庁メディア芸術祭10周年企画「日本のメディア芸術100選」のアート部門に1999年の「大顔展」の宣伝ビジュアル作品が選出された。

 公式サイト http://www.big.or.jp/~radical/
 
(すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)
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