マナーという言葉には、態度、行儀、作法、風習といろいろの意味があります。公共は社会、平たくいえば世間です。
「世間様に恥ずかしい」とか「世間様に申し訳がない」など、昔の人は常に社会に対する姿勢の善しあしを、その人の評価の判断基準にしていたような気がします。
江戸の銭湯は当時の庶民の社交場であると同時に、公共マナーを学ぶ場でもありました。江戸後期の戯作者(げさくしゃ)・式亭三馬は、有名な著書「浮世風呂」で、「つらつら監(かんがみ)るに銭湯ほど捷径(ちかみち)の教諭(おしえ)なるはなし」とうたっています。「冷物(ひえもの)でござい」「お先へ」などのあいさつから始まり、本来私有のものであるはずの「留桶(とめおけ)」さえもわがままに使わない、などなど「すべて銭湯に五常(仁、義、礼、智、信)の道あり」とも書いていて、江戸庶民の「礼節」の様子がうかがえます。
銭湯は武士も刀を取るところ、「銭湯つき合い」は、文字どおり裸のつき合いです。「束(つか)の間つき合い」よりは一歩進んで、愚痴をこぼし合ったり、暮らし向きについて話し合ったりしたのだそうです。
当時の子どもは、公共の場で他人に迷惑をかけず心地よくふるまう知恵を、銭湯で大人たちから身をもって学んでいました。
銭湯に行くことは少なくなったかも知れませんが、温泉やプールなどで、場所を譲り合う、静かに入るなど、現代でも即応用できる行動です。