たとえば人に足を踏まれた時、踏んだ人はもちろん謝りますが、踏まれた人も「こちらこそうっかりしまして」と、口には出さなくともそぶりを見せると、その場がなんとなくいい雰囲気になります。江戸ではこういったしぐさを、「うかつあやまり」と言いました。
「うかつ」とは注意が足りずうっかりしている様。漢字では「迂闊」と書き、「迂」は回り遠い、うとい、にぶい、世間知らず、「闊」は加えて、ゆるいといった意味を持っています。と知れば、なるほど江戸商人にとって「うかつ」は禁忌のしぐさであったことだと思います。うかつあやまりの真意は、トラブルを事前に察知し、素早く対処できなかった自分のうかつさを反省することにあるのですから、きびしいものです。
現代でも、ますます物騒になってきましたし、家の中では安全で自由でも、一歩外に出れば何が起こるか分からない世の中です。天災人災、用心にこしたことはありません。
明治から昭和にかけて活躍した作家・長谷川時雨の「旧聞日本橋」に登場する時雨の祖母は、動作などが乱暴な者が来ると、近寄らない先から「あいた(痛)!あいた!」と声をあげました。これにはどんな乱暴者もびっくりして立ち止まるか、静かに歩くかするんだそうです。しからずに済むように、前もって相手に注意を促す祖母の頓知と度胸、機敏なしぐさに、時雨が舌を巻く話を思い出しました。