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2006.12.6(水)更新  江戸しぐさ

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書き入れ時にも心なくさず

 バブルのころは、忙しいことを誇る風潮がありました。バブル後にはスローライフを賛美する声もあがりましたが、日本人は本質的に忙しいのが好きな民族になってしまったようです。根っからの働き者でもあるのでしょうが、江戸の人たちは、働く中でも足るを知り、欲望をつつましく抑える暮らし方が身についていたように思います。

 彼らは、心こそが人間として最も大事な宝ととらえ、忙しさは「心」を「亡」くすこと、心を亡くしたら人間でないただのでくの坊になってしまうと考えました。人から「お忙しいですね」と言われたら、顔を赤くして怒ったのだそうです。

 以前ある方からいただいたお手紙に、「忙しい」という言葉が何度も繰り返されていました。私には、その「忙」の字が「虻(あぶ)」という字に見え、その紙面から部屋中に虻がブンブン飛ぶようで、以来「忙しい」という言葉も字も嫌いになってしまいました。江戸商人なら「いま書き入れ時で」「ご多用なところをようこそ」などと言いかえたようです。

 「忘れる」という字も心を亡くすと書くので、やはり避けた言葉でした。江戸しぐさの師・芝三光先生が、生前、私の事務所にボールペンをお忘れになったことがありました。「お忘れになりましたね」とお電話したら、「二度と行きたくないところに忘れ物なんてしませんよ」と間髪を入れず言い返され、江戸っ子らしい負け惜しみを感じて思わず笑ってしまいました。

(江戸しぐさ語りべの会・主宰)

題字・イラスト 伊藤美樹

越川 禮子

(2006年12月6日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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