人形の心を映すガラス音
映画「空気人形」(是枝裕和監督)は都内の下町で撮影された。録音技師の弦巻(つるまき)裕さん(59)は下見で思わずため息をもらした。ゴーゴーと電車が通る高架下や、車や人の往来が激しい路地。録音には不向きな生活騒音があふれていた。
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たくさんのモニターやスピー カーに囲まれて作業を進める |
現場で俳優のせりふを明確に録(と)ることが、録音技師の一番の腕のみせどころだ。「悪条件ぞろい。けれどきつい現場の方が面白い。ドラマチックな可能性を秘めている」
後でせりふを足すアフレコもあるが、「芝居している声にはかなわない」と弦巻さん。そして録音が終われば、画(え)とのタイミングを見極めて調整する作業が待っている。あらゆる音を足したり引いたり。0・01秒でもズレれば、違和感をもたれるのが音の世界。コップを置く音など1作品でチェックするのは何千カ所に上り、必要ならば音を作る。
本作の主人公は思いがけず「心」が宿った人形(ぺ・ドゥナ)。男性の快楽の道具として作られたが、人間の青年に切ない恋心を抱く。「人でも物体でもない『心を持った人形』にどんな音をつけるか」悩んだ。例えば、空気で膨らんだビニール製だから、足音はビニールのきしむ音か、それともコツコツと人の足音でよいのか。人形が街で様々な出会いを重ねる場面からイメージを膨らませ、たどり着いたのが「空気」や「風」の気配。繊細なガラスの風鈴やカラカラと回る風車の音をあてた。
「現場の生音を生かしてほしい」という監督の注文から、現場で録ることにこだわった音がある。人形が大切に持ち歩くラムネ瓶の音色だ。音の強弱は瓶に詰め物をして調節した。透明なガラス音は、「きつい現場」だった下町の雑踏に溶けこんだ。
カランコロン−−。その音色は、人間と同じように、一度限りの命を生きようとした人形の「心」を代弁するかのように、時に軽やかに、そして空虚に響いていた。(中山理恵)