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古典版画をめぐる「変化」
私の画廊では西洋の古い版画も扱っている。デューラーやレンブラントなど、16〜17世紀のオールド・マスターといわれるものも含んでいる。
この分野で最近、お客様の嗜好(しこう)や傾向が変わってきたのを強く感じる。例えば、18〜19世紀のイギリスのウィリアム・ブレイクやスペインのゴヤの版画が画廊にあったとしよう。ブレイクは詩人としても有名であり、ゴヤは時の権力や世相を批判する風刺でよく知られている。
以前は、お客様たちは現物を見る前に本や美術誌などで、すでに知識を持っていた。それでいて現物を間近に見るチャンスはなかなかなかった。ブレイクのエングレービングに「あ、これが例の『ヨブ記』なの」とか、ゴヤの「カプリチョス」シリーズを見て、「ホンモノは迫力があるねえ」などとおっしゃられたものだ。そこから、文学や歴史、同時代の作家たちへと話題が広がり、話は尽きなかった。そんな風に、画廊での一日はゆったり過ぎていった。
最近はちょっと違う。作品や時代についての知識が多少でも必要なものに目がいくコレクターは少なくなった。反面、ビジュアルで分かりやすい・明るい・再販売がしやすい、といった作品を求めるお客様が多くなった。例えばピカソ、マチス、ブラック、ミロ等々である。
そういえば、古典版画をコレクションして下さったお客様たちは、欧米が遠かった時代に青春を過ごし、知識や憧(あこが)れを蓄えた、いわば旧制高校的教養を身につけていた。この世代の退場とともに西洋古典版画の世界は、一般的教養の場から遠ざかり、特殊化していくのかもしれない。
(ガレリア・グラフィカ)
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