東京で生まれ育ったぼくが関西の山を考えるとき、真っ先に浮かぶのは六甲山(ろっこうさん)である。その名はハイキングのメッカとして鳴り響いているし、近代登山発祥の地として知る人ぞ知る存在だ。
六甲山は神戸、芦屋などの背後に連なる東西約30キロ、南北6キロに及ぶ山系の総称でもある。931メートルのピークを六甲最高峰と呼んでいる。空気の澄んだ冬の早朝、奈良、三重県境にまたがる台高山脈の峰々、四国の山々が望めるという。
近代登山とはヨーロッパ・アルプス風登山のこと。1924(大正13)年創立の日本初の岩登りグループ、ロック・クライミング・クラブ(RCC)のメンバーが芦屋ロックガーデンを開拓、トレーニングに励んだ。
中心人物は我が国の先駆的な登山家だった故・藤木九三(くぞう)さん。ロックガーデンの名付け親であり、井上靖の小説「氷壁」の主人公が遭難死する北穂高滝谷の初登はん者でもある。藤木さんが実践し、喧伝(けんでん)したので六甲が近代登山発祥の地と呼ばれるようになったのだ。
朝起きて、青空を確認してから出かけても遅すぎないアプローチの良さと市街地の裏山という取り組みやすさ。これがハイキングに人気の理由だ。ゴロゴロ岳を中心とした東六甲の山、摩耶山周辺、須磨アルプスと呼ばれる西六甲の山々へのコースは100を数える。そして極め付きがふもとの有馬温泉。白浜、道後と並ぶ日本三大古湯の一つだ。
数年前の春、六甲山を歩いた。阪急神戸線芦屋川駅で降り、芦屋川から高座川に沿って進み、高座ノ滝から風吹岩を越えて魚屋道(ととやみち)に入る。この道は、御影の漁師が有馬温泉の湯治客に鮮魚を運んだ六甲山越えの歴史的なルートだ。
ゴルフ場を抜け、七曲がりの急坂を上り切れば六甲最高峰は目の前。車道を渡って最高点に立つ。花曇りで眺望はなかったがのんびり休憩。昼食後、魚屋道を下り、有馬温泉の湯に飛び込んだ。赤茶けたお湯に手足を伸ばしていると、隣のおじさんから声が掛かる。
「アンタ、教育テレビに出ている登山の先生やな。実物よりテレビ映りの方がずっといい」
この時以降、六甲山に足を向けていないが、来年は還暦記念のイベントで再訪するつもりでいる。