魔の山として知られる谷川岳は、群馬県水上町と新潟県湯沢町の境に位置する。多くの登山者が登る天神尾根や西黒尾根、遭難死者が累計800人近いというマチガ沢、一ノ倉沢、幽の沢といった困難かつ危険な岩場は群馬県側にある。
谷川岳は古くから「耳二つ」と呼ばれてきた双耳峰の山。二つのピークを耳に見立てている。水上町側から見て手前が「トマの耳」。「テマエ」がつまって「トマ」になった。奥の方が「オキの耳」と呼ばれている。
1965年の夏、ぼくが初めて一ノ倉沢に入り烏帽子(えぼし)岩南稜ルートを登っていると、「助けてくれー」という声が耳に飛び込んだ。声は足元に深く切れ込んだ一ノ倉沢本谷の対岸、第三ルンゼと呼ばれる岩場から発せられたものだった。
南稜上にいるぼくらからは手が届かないし、届いたとしても救助するだけの力はない。土合(どあい)の登山指導センターに飛び込んで急を告げた。翌日の新聞に2人が無事救出された記事が載っていた。
魔の山と呼ばれる谷川岳だが、危険なエリアや危険な季節が「魔」なのだ。場所や季節を選べば、登山のだいご味を満喫させてくれる。
豪雪地帯で夏でも雪渓が残り、雪解けのショウジョウバカマにはじまってイワウチワ、シラネアオイなどが咲き乱れ、その景観は中部山岳に劣らない。
登りがいがあるのは西黒尾根で、急登の連続、岩場も出てくる。高度差が約1200メートルもあるので、土合口からロープウエーを利用して天神平に上がり、天神尾根から山頂を目指す。高度差約650メートル、所要時間は3時間ほどだ。
天神尾根は、登りつめると「肩の広場」に吸収される。「肩」とは、頂上を頭に見立てたとき、肩に当たる位置を示す言葉である。一隅に「肩の小屋」がある。長年救助隊の隊長を務めた名物山男の馬場保男さんが、4月上旬から11月下旬まで管理人としているので心強い。
肩の広場から笹原の中をひと登りで頂上。東側はマチガ沢の源頭でスッパリ切れ落ちており、白毛門(しらがもん)山から朝日岳への山並みが、西側は笹原が穏やかに広がり、万太郎山、苗場山が見える。眺望に満足したら往路を戻る。下りは約2時間だ。