一切経山(いっさいきょうざん)は吾妻山の一峰である。吾妻山は福島・山形両県にまたがる大きな山群の総称である。際立つ一峰はないが、1900メートル以上の山が10座近くある東北を代表する高峰群である。
深田久弥さんの日本百名山全山登頂を目指す人は、最高峰の西吾妻山(2035メートル)に立つことで「吾妻山」に登ったことにしているが、東側にある一切経山も魅力的だ。草木をまとわず白と赤茶の入り交じった山肌が迫力満点だ。山名の由来は「空海が山中に一切経を埋めた」という言い伝えなどがある。
登山口の浄土平周辺は、体力に合わせてコースが選べる。体力に自信はないが、山のてっぺんに立ってみたいという人には、目の前に吾妻小富士がある。ぐるりと1周1時間。時々スカート姿の女性を見かけるが、山歩きの用意のない方は眺めるだけで我慢していただきたい。
浄土平から西にひと登りした酸ケ平の先、鎌沼へのハイキングは超おすすめ。夏は高山植物のチングルマがかれんで、秋の紅葉もすばらしい。残雪期に訪れたときは、前大巓(まえだいてん)の南斜面に残る雪面がそのまま鎌沼に落ち込んでいて、めったに見ることができない景色に出合った。
吾妻小富士、鎌沼を従えて、盟主然とそびえているのが一切経山だ。浄土平の西の端で3本に分岐する山道のうち、右手の道が自然に山頂へと導く。酸ケ平から上がってくる道との合流まで1時間、そこから頂上まで30分。
頂上は味も素っ気もないドーム状だが、展望は最高である。南に峰続きの安達太良山、西に峰続きの西吾妻山から飯豊連峰を遠望。足下を見れば五色沼がコバルトブルーの水をたたえている。
さて下山。体力に自信のある人は、五色沼に下り、高湯温泉に足をのばすことをすすめたい。家形山に登り返し北側に下れば、山好き垂涎(すいぜん)の滑川温泉がある。南に下った土湯峠周辺には野地温泉があり、東には土湯温泉がある。
いずれ劣らぬ名湯だが、ぜひ1泊してみていただきたいのが、兎平にある吾妻小舎。大部屋しかないが、管理している遠藤守雄、雅子さんご夫妻の人柄を反映して布団はふっかふかで真っ白。食事もおいしいし、何といっても山のにおいが漂っているのがいい。