登山にかかわり、健筆をふるわれている打田^一(えいいち)氏の「埼玉県の山」で、最初に取り上げられているのが両神山(りょうかみさん)。知る人ぞ知る日本百名山だ。付近の百名山として雲取山、甲武信ケ岳(こぶしがたけ)があるが、こちらの紹介は9番目、11番目。しかも、両神山だけが(1)表参道(2)八丁尾根(3)尾ノ内沢道と、3コースも取り上げられている。
(1)には「鋸歯(のこぎりば)状の山容が目を引く、埼玉を代表する名山」と書かれている。まったく同感。ぼくが新日本百名山とした理由もそれだ。(2)には「連なる岩峰を鎖で越えるハードな岩稜(りょう)縦走」、(3)には「沢沿いに登る、講中登山で栄えた難コース」とある。両神山は一般コースとされる表参道でも鎖場が出てくる。そこは並のレベルでもクリアできるが、他は「難コース」。敬遠した方が無難だ。
10年以上前の冬、時々、ぼくのハイキング教室に参加されていたAさんのご主人から連絡があった。「妻がきのう亡くなりました。八丁尾根の下りで氷に足を取られての滑落でした」。淡々とした口調での訃報(ふほう)であった。いつだったか、山へのバスの中で、Aさんは「私、アル中なんです」と自己紹介、車内をギョッとさせた。「アル中というのは歩き中毒のことです」と続いた言葉に、みんな大爆笑。ちゃめっ気たっぷり、それでいて用心深かったAさんが真冬に八丁尾根を下るなんて信じられなかった。
表参道登山口は日向大谷。西武秩父駅前から小鹿野町役場乗り換えで日向大谷口までバス。日向大谷までは車道を歩いて30分だ。登山道はよく踏まれている。路傍には石仏があり、信仰登山が盛んだった頃をしのばせる。登山口から2時間半で清滝小屋に到着する。体力に自信のない人は小屋で一泊する2日行程のプランがお薦めだ。
小屋から1時間で両神神社。神社から50分、直下の岩場を登り切れば、二等三角点の待つ両神山頂上、1723メートルだ。展望は360度。秩父市、武甲山から奥秩父連山、八ケ岳、噴煙を上げる浅間山、遠く北アルプスも望める。下山は、往路をゆっくり戻り日向大谷まで3時間20分。お楽しみの温泉は、両神村役場の近くに「両神温泉薬師の湯」がある。登山適期としてのお薦めはアカヤシオ咲く5月上旬〜中旬、岩稜が紅葉に燃える10月中旬〜11月上旬である。