永田岳は鹿児島・屋久島の中央部に位置する。標高1886メートル、隣の宮之浦岳1936メートルに次ぐ九州第二の高峰である。
日本百名山でもある宮之浦岳は、すでに数回山頂に立った。いずれも淀川入り口から登り、新高塚小屋で一泊して縄文杉へと縦走した。宮之浦岳を越えると、目に飛び込んでくるのが永田岳だ。山好きならだれでも登ってみたくなるその山容。岩山なのに艶(つや)っぽく感じるのだ。分岐から2時間あれば往復できるが、その2時間をひねり出せなくて、指をくわえて素通りしてきた、今回、「わが恋」を成就させるべく、新日本百名山とした。
4月6日、屋久島に入った。翌7日、未明に宿を出て、タクシーで淀川入り口まで運んでもらう。天気は雨。雨具を着込んで出発する。順調に淀川小屋通過、ひと登りして下れば下花之江河だ。この先の花之江河、今宵(こよい)の宿・鹿之沢と共に貴重な湿原帯だ。
投石岩屋をやり過ごし、安房岳、翁岳の西側をまけば、いよいよ宮之浦岳への登りだ。ぼくにとっては通いなれた道。急だが、快調に登ってまずは最高点に立つ。ひと下りすれば永田岳への分岐である。永田岳へむかって一歩踏み出す。初めての領域。身体全体がワクワクしてくる。岳にむかって走り出したい気持ちを抑え、ゆっくり足を上げていく。途中でザックをおろし、空身で頂上にむかう。
頂上直下は一枚岩、取り付けられたロープに助けられて山頂へ。雨、360度灰色に塗り込められている。晴れていれば、目の前に宮之浦岳があり、屋久島の緑の山々の重なりが広がっているはずだし、目の下には永田の集落と海とが見えるはずなのに、少し残念。だが、ぼく自身は念願を果たして大満足であった。その後、鹿之沢小屋へと下った。淀川入り口から宮之浦岳まで6時間、永田岳を経て鹿之沢小屋まで3時間だ。
8日、永田へ下る日である。霧雨である。雨具を着て出発。約8時間、長い下りの一日であったが、その労はたっぷり報いられた。過日、興福寺貫首、多川俊映さんと対談する機会を得たが、著書「いのちと仏教」の中にある言葉、「人間にとって必要なもの、空間と、静寂と、沈黙」。そのすべてが、永田岳にはあった。大変だったが充実した山旅であった。