紀伊半島には二本の山脈が並走している。一つは奥駆けで知られる大峰山脈(おおみねさんみゃく)であり、もう一つが大台ケ原山(おおだいがはらさん)を主峰とする台高山脈(だいこうさんみゃく)である。大台ケ原山は、日出ケ岳(ひのでがだけ)を最高峰とするいくつかの峰々に囲まれた広大な高原全体を指す。大和上市駅の南東約30キロに位置している。
大台ケ原山は、深田久弥さんも日本百名山に選んだ。中高年登山者の多くが、日本百名山の百の頂に立つことを目標とするようになった。ぼくも中高年登山者を指導するようになって、大台ケ原山を俎上(そじょう)に載せることになった。
初めて訪れたのは十数年前。大和上市駅からタクシーで大台ケ原駐車場まで行った。61年に伯母峰峠から大台ケ原ドライブウェイが開発され、大台ケ原山の奥まで入れるようになった。
登山の時、バスなど「文明の利器」を使うのは、決して悪いことではないと思っている。ただ、ちょっとトラブルがあると、携帯電話でヘリを要請してくる登山者が増えたと聞くのは残念なことである。長野県警の人の話では、こんな会話もあったという。
「はい救助隊です」
「すみません、歩けないのでヘリをお願いします」
「了解しました。警察のヘリは点検中ですので、民間のヘリを要請しましょう」
「それじゃ結構です。歩いて下ります」
もちろん、多くの登山者は真摯(しんし)に頂を目指している。その上で、体力の不足する人が、「文明の利器」のおかげで立つことのかなわなかった山頂に立てるとしたら、すてきなことだ。
大台ケ原駐車場に立ったぼくたちは、大蛇ー(だいじゃぐら)から日出ケ岳への周遊コースを楽しんだ。
大蛇ー展望台からのぞき込む。高度感ある光景に息をのむ。立ち枯れたトウヒとイトザサの織りなす正木嶺(まさきみね)への道は歩いているだけで癒やされる。1695メートルの日出ケ岳に立てば展望は360度。豊かな森のむこうに尾鷲湾が光っている。
ゆっくり歩いても一周4時間程度の短いコースなのに、変化に富んでいる。この時は渓谷美で有名な宮川の源流の谷を下ったのだが、緊張の連続で実にダイナミックであった。一度、雄大な景色にあふれた大台ケ原山で、山歩きの醍醐味(だいごみ)を堪能していただきたい。