このコラムを担当していていつも頭が痛いのは、写真をどうするかということだ。これまで著作権に触れる作品は一度も使っていない。これをクリアするためには、著作権料を払わなければならない。だいいち時間がかかる。美術館にとって問題はさらに深刻だ。時には、トリミングは厳禁とか、絵の上に文字をのせるなとか、制約も付けられる。
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| 東海大付属翔洋中学校の生徒らによる、ペットボトル製の「考える人」 |
国内作家の場合、著作権は作者の死後50年間生き続ける。欧米では70年がふつうだ。これは長過ぎはしないか。糟糠(そうこう)の妻が著作権をもつのならば分かる。ちひろ美術館のように、著作権収入が館の運営に役立っているならば納得できる。だが、ドラ息子ドラ娘がその金で遊びまわっているとしたら、いかがなものか。まして孫など論外だ。文化財の知的財産権は土地や株券などの遺産とは異なるはずだ。
作家の遺族としては、いろいろ言いたいこともあるだろう。私が国立西洋美術館にいたころ、前庭にあるブールデル(1861〜1929年)の彫刻「弓をひくヘラクレス」を使った強壮剤の広告が出た。これならまだいい。ロダン(1840〜1917年)の「考える人」がトイレの便座に座らされた時にはさすがにムカッとした。
著作権がどれだけ守られているかは、その国の文化の成熟度を示すバロメーターであると言われる。しかし、「モナ・リザ」の顔にヒゲを落書きしたマルセル・デュシャン(1887〜1968年)の例を思えば、著作権はなるべく緩やかな方がいい。
(横浜美術館館長 雪山行二)