「幸せ」あふれる介護
4年前の3月、道路に飛び出して来た子どもを避けようとして、車を運転中の私の父は、電柱に激突。大手術に長期の入院。医師だった父が、「要介護5」となった。それから、母による介護生活が始まった。そして、この4年間、私たちは、本当に母の「ココロの元気」に救われた。
ICUにいた時は、兄弟3人、ひたすら、父の命が助かることを祈った。けれど、その後、病院で、寝たっきりでいっぱい管を着けて24時間介護が必要であるにもかかわらず、「家に帰りたい」と言う父に、「帰ろう」と、誰も言えないでいた。でも、母は違った。「そりゃあそうや。お父さん、家大好きやもんなあ」と、担当医に退院を希望。父を家に連れて帰った。
「家に連れて帰ったら、3日くらいで悪化するかもしれないですよ」と、心配そうに言ってくれる担当医に、「その時は、その時や。このまま家にも帰れずに病院で死んでしまったらかわいそうやん」。
それから4年。母は介護を学びながら、24時間態勢で献身的介護をした。しかも、明るくパワフルに。「大変ですね」と言われても、「元々、『要介護3』みたいな人やったから」と、笑顔で答え、訪問看護に来てくれる看護師さんたちを笑わせ、「私の生きがいは、お父さんを1日でも長生きさせること」と、いろんな工夫を忘れなかった。
母が笑って介護してくれるおかげで、私たちは、お見舞いに行きやすかった。弟たちも、その嫁も子どもたちも、父親の兄弟も気軽にお見舞いに行けた。そして、お見舞いに来てくれる人たちに、手料理を出したり、お土産を渡したりと、楽しくお見舞いに行ける場を作り続けてくれた。そして、今年の3月、父は、安らかに帰らぬ人となった。
そんな母からの、介護する人のココロの元気のアドバイス。「介護する時は、その人とのよかったことだけを思い出すこと」
 |
| 題字・イラスト ながた かず |