もう秋の作物を植える時期が来た。いつもの年より水分が多く重たい土に種を落としながら、真冬の凍った風と降りしきる雪を、この子たちは越えて生きるのだなあと思う。痛々しいけれどたくましい野菜の生命力。それを信頼しているからまた種を植えることができる。
そういえば春の野菜も、思わぬ生命力を見せて私を驚かせてくれた。
キャベツ畑にモンシロチョウが舞う季節。羽ばたきの優雅さに感心させられる半面、それが一瞬パタパタッと不規則になって、同時にお尻がキャベツの葉にくっつくたび、あ〜あ、これでまたうちのキャベツはチョウのレストランになってしまうと、ちょっとため息がもれる。別にうちは商売で作ってるわけじゃないから食べられたっていいもん、と理性は言うが、食欲の方は黙っちゃいない。畑に味噌(みそ)を持っていき、もぎたての若々しい緑色の葉っぱに付けてガブリとやる、あの美味(おい)しさが忘れられないと嘆く。だがアオムシの食欲は、私のよりもずっと上を行く。小さな自家製キャベツなどすぐに食べ尽くし、残るのは見るも悲しい網の目模様ばかり。
だが不思議なことに、10個に2個ほどの割合で虫のつかないキャベツがある。ほかの物と同じ時に同じ畝に植え同じように世話をしたのに、それだけは消えていく仲間の隣でほとんど無傷のまま見事な大玉になる。かえって食べるのに躊躇(ちゅうちょ)してしまうくらいだ。だって、虫もつかない、という言葉、良くない意味に使われるほうが多いではないか。虫も食べないほど不味(まず)いのか、硬いのか、毒でも有りはしないかと不安になるのだ。始めの一口をかじるまでは−−。
口に広がるさわやかな香りと甘み。歯ごたえはあるが、決して硬くない。何よりキャベツの元気が違う。ピンピンしている。気が付けば周りの草にはアオムシならぬ、たくさんの虫がついている。こんなに美味しいのに、なぜこの子たちはこっちに寄って来ないのか。もしかして人間にとって最高の出来の野菜って、虫たちにはあまり美味しくないの? それなら一生懸命に、最高に元気なキャベツを作ればいいということではないか。
またしろうと農業に欲が出てきた。もう私の頭の中は若々しい緑でいっぱいである。
(タレント・エッセイスト)