天候不順のため、うちの稲にも白い斑点がポツンポツン。大敵いもち病の発生で、田んぼ仲間は今日の仕事予定を変更、豆畑の土寄せは明日にまわし、肩に噴霧機をかついで田んぼに向かった。
噴霧機の中では、2年前の冬、竹炭を焼いた時に採取した竹酢液がチャポンチャポンと揺れている。ウイスキーよりもうちょっと赤みがかったこの液体を500倍ほどに薄め稲に撒(ま)いてやることで、これまでもいもち病を初期の段階でなんとかくい止めてきた。今年も頼みましたぞ。
あと1カ月後に刈り取りをひかえた稲は、頭を垂れ、根もしっかり張っている。田んぼに一歩足を踏み入れただけで、ブチブチと先端がちぎれる音が聞こえてくる。もう中に入って作業をすることはできない。ではどうやって竹酢液を撒くのかといえば−−。
それは風まかせなのである。こんな緊急事態に何のんきなことを言っていると思われるかもしれないが、リモコンヘリなどというお金のかかった道具を持たない我々しろうと農業家には、この手が一番なのだ。
それぞれ田のあぜに立ち、神経を風に集中する。右から吹いて来ると思えば急いでそちら側のあぜに走り、ノズルをかかげて竹酢液を撒いてやると、風に乗ってしばらく漂い、ほどよいところで稲にかかるのだ。
細かい霧が勢いよく噴き出したとたん、あたりがいぶり臭くなる。いかにも病気に効きそうな、竹酢液独特のにおいだ。
風というものは、いきなり向きを変えたりする。その都度私たちも風上に走らなければならない。タイミングをあやまれば、貴重な竹酢液を自分がかぶってしまうことになるからだ。健康には良いかもしれないが、体はいぶりくさくなるし、重たい噴霧機を背負ったまま動きまわるのは、さすがに足腰にこたえる。だが、ささやかな楽しみも。虹である。竹酢のスクリーンに、太陽が美しい七色の光を映してくれるのだ。仕事をしているあいだ中、それはいくつもいくつも稲穂の波の上にあらわれては消える。ノズルを伸ばして高くかかげたら、特大の虹がかかる。その向こうの空には、もう秋の雲が流れていた。
(タレント・エッセイスト)