テレビ番組の取材でイギリスに来ている。ロンドン郊外には意外に自然が残っており、子供たちに対する環境教育が盛んだった。
さて今回の仕事であるが、そのイギリスの環境教育についてリポートする。教育熱心なお国柄のこの国は、環境先進国を目指すうえで、子供たちに水準の高い環境教育を行っていると聞いてきた。確かに授業風景は、先生が教えるというよりも、子供たちがどんどん手を挙げてアイデアを発言し、議論するという自主性を重んじた方法で、先生はその都度教えつつ、導くのが仕事である。
この教えと導きのバランスが非常に良い。議論しながら知識を磨くというイギリスの伝統的な教育法が生きている。生徒が間違っていると思えば、先生は遠慮なくそれを指摘する。生徒は生徒で自分の意見を否定されても別に傷ついたりしない。それはそれで普通に受け止め、新たな意見を考えることができる。このあたりはすでに、かなり大人の感覚だ。まだ彼らは10歳ほどであるが、自由な雰囲気の中で問題について真剣に考えるというバランス感覚を自然に身に付けている。これは日本でも、これから必要になることだろう。
頭で勉強した後は、外に出て実際にやってみる。私は常々、知識は人を感心させるが、経験は人を感動させると考えてきた。“心”と“動”の違いは実はとても大きいと。もう冷たい秋風が吹く中、Tシャツ1枚で張り切る先生と生徒たちの姿を見ていると、やはり人は自然と一体になることが嬉(うれ)しいのだと確信した。生徒たちは肥料を運んだり、花を植えたり観察したり、塀にペンキを塗りながら時々ふざけたりもする。それを先生が迫力ある態度で「こらーっ!」と叱(しか)っている様子が、見ていてすがすがしかった。
学ぶ場は教室だけではない。企業が環境教育のために、施設を作り提供している例もあった。そこで私は、ちょっと思い切った質問をしてみた。企業の経営が傾いた時、それでもこの事業を続けることができますかと。答えは−−。私たちはチャレンジを続けます。ここで環境保護について勉強した子供たちが、将来わが社に入社し、学んだことを生かしてくれるのを願うからです。
嬉しい言葉だった。
(タレント・エッセイスト)