秋の田舎の風景で最も印象的なのは、色。こんなに広かったのか、と思うくらい、黄金色になった田んぼが際立って見える。自分が立っている畔道(あぜみち)は、まだ緑の草でおおわれているが、その数十センチ先からは黄金色がずっと続いている。まるで緑のフリンジ付き黄金じゅうたんという感じだ。田舎らしくないゴージャスさである。
田んぼと田んぼの間には民家が建っている。そしてその周りは、草よりももっと深い色の針葉樹の林、やって来る冬の重さを思わせる。遠く北に聳(そび)える山々から吹き下ろす激しい風と雪をその枝葉にしっかりと抱え込み、家々を守るためにそこに居る。
空はどんより曇り色。だが対照的に田の畔には鮮やかな赤がある。群生する彼岸花の美しさったら、この時期この風景の中にあるからこそ人々は心を慰められるのかもしれない。
私は子供の頃からこの花が大好きで、よく変わった子だと言われた。縁起が悪いというのだ。でも、あの優雅に反り返った細い花びらとか、長く伸びた雌しべ雄しべとか、すーっとまっすぐな茎など、私の目には完璧(かんぺき)な美しさに見えて、どうしても家に植えるといってはよく母を困らせた。ただ一人、祖母だけは私の擁護者で、よく手を引いて彼岸花を見に連れて行ってくれた。祖母は言った。「これは御先祖様の花なんだよ」「御先祖様?」「あの世というのがあって、死んだらそこに行くんだよ」「ふーん」
子供心に死というものは怖かったが、大人になるにつれ、むしろ祖母の言葉に安らぎを覚えるようになった。死んでも誰かに会える。そう思うと、お彼岸やお盆が楽しみになった。今でも私はこの時期が1年の中で最も心安らかに過ごせる。なんだか亡くなった祖母や御先祖様が見守っていてくれるような気がするからだ。長い間の念願かなって、今私の庭には、赤い彼岸花が植えてある。
先日、すごい御仁に会った。彼岸花の根には毒があり、モグラなどの害を防ぐ目的で畔に植えるのだと聞いていたが、なんとそれを天ぷらにして丸ごと食べてしまうとその人は言うのだ。“毒にも薬にも”の発想。あんまりおいしそうな言い方をするので私も一口と思ったが、まだあの世に行くには早いと思い、やめた。
(タレント・エッセイスト)