新幹線で通勤する時、受験生とその親らしき2人連れをよく目にする季節だ。彼らは緊張した表情で窓の外をながめたり、少し会話を交わしたりしている。その様子を見ているうちに自分が中学を受験した時のことを思い出した。
中学を受験するというのは当時ではまだ珍しく、ほかの友人たちは公立に行くのに、なぜ自分だけが遊ぶのをガマンして勉強しなければならないのか大いに不満だった。そんな私に父は、それがお前のためだと言った。人よりたくさん勉強すれば立派な人間になれるし、大人になっていい生活もできるし。よく聞く意見ではあるが、半分は正確で半分はまちがっている気がする。特に今の時代に、これをそのまま当てはめることはどうなのか。
いい会社に入ればいい生活ができるというのは、経済が右肩上がりだった時代の考えだ。そしてその経済の著しい成長は、石油を代表とする資源を、大量に消費することによって支えられていたのだった。結果、人間の生活は一見豊かになったかのように見えたが、半面で公害の発生、自然環境の破壊、人間の豊かさを支えてきた石油や石炭などの資源そのものが今世紀の中頃にはもう底をつくという問題にまでいたってしまった。豊かさの元がもう無くなるのに、豊かになるために勉強しなさいという理屈はもう通用しないんじゃない? と言いたい。学力低下を心配する前に、何のために勉強するのか、本当に大切な理由を子供たちに教えられるよう大人のほうが考えなければいけない。でないと何十年か後には、せっかく猛勉強して入った会社が消滅してしまって、あの努力は何だったの? なんてことになりかねない。それくらい21世紀の経済のあり方は、大きな変革を求められているのだから。
もちろん私も子供たちに勉強はしてもらいたい。それは、私たち大人が、豊かになるために犯してきた数々の間違いを正してほしいからだ。自分でもそれはやっているつもりだが、残念ながら私には大した頭も時間ももう無い。あとは子供たちに託すしかないのだ。そのために子供たちに頭を下げてお願いしたい。勉強して下さい。勉強して地球を助ける大発明をして下さい。そして真に心の豊かな大人になって下さいと。
(タレント・エッセイスト)