東京でお花見日和となった週末、友人の結婚式に出席した。神前で永遠の愛を誓う花嫁はとても可愛らしく、いつも快活な彼女とは別人のように静々と歩いているのが、見ていてなんだかくすぐったかった。
披露宴ではお色直しに可憐(かれん)なデザインのウエディングドレスをまとっていた。白いレースで作られた桜の花が、胸元から腰へとちりばめられ、まるで風に舞っているようだった。その美しさに思わずため息が出てしまった私。結婚すれば、あーゆーのが着られるわけだと想像しながら、以前知人から聞いた染井吉野の物語を思い出していた。
ご存じのとおり、染井吉野は葉より先に花が満開となる。よりお花見が楽しめるようにと品種改良されたからだ。あのピンクの雲のような豪華な咲きっぷりはそのためである。だがその寿命は山桜と比べるととても短い。家具職人であり森の探検家でもある私の知人は、木の性質について大変くわしい人だが、染井吉野の幹で何かを作ろうとしても、程良い太さの木まで成長したものは、実はほとんどの場合、中が空洞で使い物にはならないと言った。ただ美しく花を咲かせる。その使命を果たすため、命をすり減らしているようではないか。人の生き様にも例えられる気がしてくる。
私は芸能界に入ったころ、早く一花咲かせようとやっきになった時期があった。そのため体にも心にも無理を重ね、結局どちらも壊れてしまった。あの時の自分が、染井吉野の空洞となった幹にダブってくる。本来花は、根をしっかりと張り、幹を丈夫に育て葉を広げたからこそ美しく咲かせられるもの。急いで結果を求めることは遠回りと同じことなのだとそのときに学んだのだった。
披露宴の最中、新郎はずっと泣きっぱなしで、しっかり者の新婦がそれをなぐさめていたのがほほえましかった。この二人なら根をしっかり張り、やがて美しい花を咲かせることだろうと確信した。春爛漫(らんまん)である。
私の連載はこれで終了します。長い間応援して頂きありがとうございました。4月中旬には、これまで書きためたエッセーとこの「うふふナチュラルライフ」をまとめた本が出ますので、よかったら読んでみてください。
(タレント・エッセイスト)