20年近く前。いつものように宝塚の中島らも邸で日本酒をきこしめしつつ、明け方までくぐもった笑い声を立てていた。お宅を急襲しては返り討ちに遭い、次の朝朦朧(もうろう)としながら仕事の現場に向かうという健康的な生活を送っていた頃だ。
突然真顔になり、「タレント業が行き詰まって喰(く)えなくなった時のためにアイデアを授けとく」とらもさん。「なんですか、急に」と聞いたら、「肉餅や」と言う。飲食店をやるならこれと決めている珠玉のアイデアがあり、それが肉のあんを餅で包んだ物で、「肉餅」と命名したのだそうだ。
「誰にも喋(しゃべ)るなよ」というので長い間封印して来たが、らもさんが亡くなってしまった今、この案が闇に葬られてしまうのも寂しく、あえてここに記す。
私が、「何で大事なアイデアを教えるんですか?」と問うと、彼は大きな目で「じいっ」と私を睨(にら)み据(す)えながら、「君は友達やからな」と言った。その後、もの凄(すご)く長い沈黙が訪れて、所在がなくなってしまった。
このとき、ある広告関係者がらもさんに仕事を頼もうとして「ええやんけ、らも、友達やろ!」と飲み屋で迫っていた時の事(こと)を思い出した。一瞬の沈黙のあと、らもさんは、「君は友達やない。知り合いや!」と喝破したのだった。これによって、私は「友達」の重さを思い知ったのだった。
しかし肉餅は売れませんよ、きっと。
〈タレント〉
(2006年5月18日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)