7年ほど前の大みそか。運転中に信号待ちをしていると、隣に止まった軽トラのおじさんが窓をたたいて「いい車乗ってるね。うちの娘と同じ車だよ。偶然とは言え嬉(うれ)しいから、魚をわけてあげるよ。おじさん魚屋さんで、築地の帰りなんだよ」と声をかけてきたのです。わけるって「タダ?」と思い、実家の分までマグロ、イセエビなど選んだところ、「全部で1万7千円でいいよ」。タダじゃないの!? しかも高い!! 「今手持ちが3千円しかないんで、この分だけ下さい」とおずおず切り出すと、出されたのは真っ黒な切り落としのマグロがほんのちょっとだけ。絶対これマグロじゃない……。しかも、お金がないなら銀行までついていくと言われて困っていると、ポロッと何かの時のために隠してあった1万円札が財布からこぼれ落ちました。「1万3千円もあるじゃないの! じゃあ」と、明らかに金額に満たない量の魚を押しつけ、去って行きました。母には「騙(だま)されたのよ!」と怒られ、ダンナには「こんな真っ黒なのは絶対に食わない」と言われ……。
「人を見たら泥棒と思え」と育てられてきた私が、あれは騙されたのかと、ずっと半信半疑だったのですが、半年ほど前同じ場所で「お姉ちゃんいい車だね、娘と……」とあの親父(おやじ)。すかさず「魚いりませんから」という私を見て、親父は猛スピードで去っていったのでした。やはり騙されていたんですね、私。
〈バイオリニスト〉
(2006年8月31日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)