私がこの世に誕生することができたのは姉みっちゃんのおかげなのです。
今から40年以上も前、病院の先生に「この子はダウン症ですね、20歳まで生きられません」とはっきりと、冷たく言われたそうです。まだ若かった母は、ショックで毎日泣き暮らしていたそうですが、これじゃいけない! この子を守ってくれる子供を生まなくてはと、兄、私を生む決心をしたそうです。つまり、兄も私も「使命」を持って生まれてきた子供だったのです。
20年前はダウン症に対する理解も乏しく、歩いていると陰口をたたかれたり、じろじろ見られたり、何度も悔しい思いをしました。そんな時はこちらが正しいだけに堂々と喧嘩を吹っ掛けていました。私の喧嘩っ早い性格はそこから来たのだと思います。運動会ではいつもビリの姉を見て悔しい思いをしていたので、兄も私も6年間、断トツの1位の座を守っていました。「(姉の出来ない分の遊びも学びも)2人分生きなさい」と母に毎日のように言われてきたのを、プレッシャーに感じるどころか、たぶん私にはなんでも2人分できる能力があるんだろうと、完全に勘違いしていました。
20歳を超え40歳を過ぎた今も姉は元気で、なんと衣料大手「GAP」で生き生きと働かせていただいています。うちに遊びに来ると、家中の洋服をいつも新品同様にたたんで行ってくれる姉。支えるはずがかなり支えられているのです。
〈バイオリニスト〉
(2006年9月28日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)