一度だけ、他の職業を(ちょっとだけ本気で)考えた時期があります。
留学から戻り日本で活動を始めた頃、ただでさえ仕事(コンサート)は少ないうえ、どこへ行っても空席が目立つことばかりで、もうバイオリニストとして食べていけないだろう、と思い始めていました。バイオリンしか知らない私が他に出来ることといえば……。ひらめいたのは「笑い」、つまり「お笑い芸人」という道でした。子供の頃から人を笑わせるのが大好きだったのです。
小学生の頃、お祈りの時間というのがありました。「神様、今日も新しい一日をくださったことを感謝します」との言葉に、「いいえ、どういたしまして」と私が返すとクラス中が爆笑の渦。毎回先生に「不謹慎だ」と注意されても、笑いがとれるならと体を張って続けていたぐらいです。
母の友人にお笑い関係の方がいらして、私のコンサートに来ていただいたことがあります。その時は張り切って演奏と同じぐらいしゃべりました。いつも以上にお客様の反応もよく、十分な手応えを感じたのですが、感想は「バイオリニストとして頑張ってください」でした。つまり、お笑い芸人になるほどは面白くなかったのです。しかし視点を変えてみれば、「バイオリニストにしては面白い」のではないかと。前向き思考の私は、それ以後も臆(おく)することなくコンサートでは笑いと感動を追い求め続けているのです。
〈バイオリニスト〉
(2006年11月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)