私は、「こだわり」と言う言葉が嫌いだ。「こだわりの料理店」「職人のこだわり」「こだわりの逸品」などなど、言葉自体というより、その使われ方がみっともない。
広辞苑第四版(1991年改訂)には、「さわる。さしさわる。さまたげとなる」「気にしなくてもよいような些細(ささい)なことにとらわれる。拘泥する」「故障を言い立てる。なんくせをつける」など、およそいい意味の言葉ではない解説が並んでいる。それがどうだろう、第五版(1998年改訂)では、「些細な点にまで気を配る。思い入れする」という、時流に媚(こ)びた表現が加わっている。「媚びた」と感じるのは私の主観だけれども、この言葉が褒め言葉として跋扈(ばっこ)している風潮が、どうにも不快なのだ。
おそらくは、平成に入ってから、グルメ番組のリポーターたちが使い始めて蔓延(まんえん)したのだろう。インタビューを受けている職人が卑下して「こだわりですが」などと言ったものを、「はあ、こだわりですかあ!」と絶叫し、それがいつの間にか便利な言葉となって伝播(でんぱ)したのではないか。
言葉は生き物だから、変化も洗練もする。しかし、生身の人間同士のコミュニケーションの過程で自然と進化していくのではなく、何千万人もの視聴者に瞬時に広まることは生き物としての退化であると思えてならない。私はこの単語を、決していい意味のときに使わないようにしている。それが私の、ささやかなこだわりだ。
〈タレント〉
(2007年1月18日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)