手水鉢(ちょうずばち)で手を清める。水は小石の間に吸い込まれていく。キーンとビー玉をはじいたような音が勢いよく立ちのぼったかと思うと、そっと鈴を振ったように、コロン、と鳴る。
遠い昔、どこかで耳にしたような懐かしさ。種明かしは水琴窟(すいきんくつ)――地中に瓶(かめ)を伏せて埋め、水滴の反響を楽しむ日本古来の庭園の仕掛けだ。
かつて交通の要衝として栄えた美濃。瓦屋根から突き出す「うだつ」と呼ばれる小屋根が、豪商たちの栄華を今に伝える町並みの中、ひときわ立派な構えの「今井家」の庭で人々を和ませるこの水琴窟は、実は埋もれたまま朽ちていく運命だった。
20年ほど前。空き家になっていた今井家を見て、地元経済界の若手たちが「もったいない」と思った。写真館を営む松田正さん(57)も、千葉から妻の実家の美濃市に移り住んだばかり。「魅力的な町並みの、シンボルにできないか」と考えた。
仲間と共に東京の家主へ会いに行き、頼み込んで借り受けた。仕事の合間に屋敷の掃除と修繕……。そして、ひび割れた水琴窟を見つけた。「見たことも音を聞いたこともなかったけど、復元してみようやと」
美濃紙づくりに使う瓶と、長良川で拾った小石を使い、手探りで仕上げた。初めて音を聞いたときのことを「洞窟(どうくつ)に滴る水音みたいな、不思議な印象だった」と振り返る。
時は流れ、今井家は市の史料館に。庭に響く音は《うだつの町の水琴窟》として観光案内にも載る。最近、松田さんは聞きに行くこともなくなった。「後輩たちが、ちゃんと手入れしてくれるから」。まちづくりの思いも引き継がれたようで、安心ですわ、と笑った。
(横内陽子)