昼下がり、短い汽笛が鳴った。奥大井・千頭(せんず)駅は、山に囲まれた周りの地形そのものが天然のホールであるかのように、残響が広がる。その中を、呼吸にも似た荒々しい蒸気音とともに、SLが動き始めた。
30年前、観光資源として蒸気機関車を復活させた大井川鉄道。戦後まもなく電化されるまではSLの本数も多く、汽笛は住民の生活にとけ込んでいた。それを示す逸話も残る。
――山仕事の男たちが、汽笛で時を数え、食事の合図にしていた。ある日「あと一つ鳴れば昼飯」というところで列車が遅れ、いつまでたっても汽笛が聞こえない。男たちは鉄道会社にねじこんだ。「汽笛が遅れると体がもたない」――
今でも、汽笛は暮らしとつながっている。沿線の川根町で食堂を営む市川きみ子さん(54)は、夕方の汽笛を耳にすると、ほっと一息をつく。「今日の仕事も、もうすぐ終わりだ」。千頭駅の近くにある小学校は、標語に「あいさつと汽笛がひびくぼくの町」と掲げる。
汽車の運転士も心得ていて、民家の軒先に乳児用の衣類が干してあれば、赤ん坊を起こさないよう汽笛の鳴り始めを心持ち優しく加減する。温泉の露天風呂の近くを通るときや、子どもが手を振ったりSLファンがカメラを構えていたりすれば、表情豊かに鳴らしてみせる。
千頭駅で乗り込んだ客車は、昭和初期に活躍していた年代物だという。木製の車体のニスの香りと、足元の感触。聞きなれた電車のものとは違う、柔らかく軽やかな走行音に包まれた。
(兼古勝史)