早朝、カモメの声で目が覚めた。海辺の宿の八畳間。波音の聞こえ方が、よそとは違う。建物の壁に直接パタンパタンと打ち寄せる、その音が立ち上ってきて部屋を包み込む。目を閉じると、海の真ん中に浮かぶ舟に乗っているような気分だ。
丹後半島の東端の伊根浦に、舟屋と呼ばれる独特の造りの家並みがある。1階は湾に面して口を開け、海から舟を引き入れることができるよう、石造りやコンクリート製のスロープになっている。2階には部屋。民宿になっているところもある。
もともとは漁師の舟置き場で、2階は漁具を置いたり生活の場に使ったりしていた。元漁師の奥野重成さん(71)の舟屋も、今は民宿に改装してあるけれど、遠い昔の新婚時代の思い出が詰まっている。
「魚が目ぇ覚ます夜明けを待って、1階で漁の準備をしとるんさ。対岸で舟のエンジンがひとふかしでもしてみぃ、こら大変と、わしも競って舟を出したわ」
舟屋の外壁を波がバタンバタンと強く不規則にたたくときは寝床から出ない。湾の外はもっとしけているからだ−−。そんな風に仕事の話に終始する重成さんの傍ら、妻の明美さん(67)は、漁から帰ってくる舟の音が聞こえると舟屋の入り口で出迎えて、一緒に漁具の手入れをしたもんだ、と応じる。
2人がかつて暮らした八畳間で、朝の時間を過ごす。夜明けの漁から戻る舟のエンジン音、網をトントンとたたいてゴミを取る音……。今も変わらぬ漁師の生活が、物語のように聞こえてくる。
(横内陽子)