大阪ミナミの歓楽街、道頓堀。飲食店の看板の大きなカニやフグの下で、音の洪水にのみ込まれた。店から流れる音楽やゲームセンターの電子音……。通行人の声と一体となった喧噪(けんそう)は実に派手で、迫力満点だ。
しかし横丁に足を踏み入れると、一転して静けさに包まれた。しっとりぬれた石畳が延びる。路地の奥から、ほのかな線香の香りが漂ってくる。自分の足音が聞こえる。
「水かけ不動さん」で親しまれる法善寺につながる通りに出る。参拝の人が思い思いに不動像に水をかけていく。「バケツでバシャッとかける人もいてはる。優しいかけ方の人も、キツくかけはる人も。水の音は、願いをかける音。拝む人の思いが音になってでてくる」。法善寺住職の神田眞晃さん(52)は言う。
もとは拝むときに水をお供えしていたが、お不動さんにすがりつく思いからか、手でピシャピシャと水をかけた女の人がいた。以来、みんな水をかけるようになった−−。神田さんはそう先代から聞かされた。
今、どんなふうに水をかけても、その音は柔らかく吸い込まれていく。不動像の全身が苔(こけ)むしているからだ。戦後しばらくして、自然に生えてきたという。参拝者の熱い思いを受け止めるための、お不動さんなりの工夫でしょうか。そう問うと、神田さんは「人々の願いが、苔になっているんではないんかな」。
帰りがけ、脇の井戸で水をくむ。ギーッという音が手に懐かしく響き、気持ちがふっと落ち着く。さわやかな水音に包まれ、すがすがしい風が流れた。
(鳥越けい子)