セミ時雨の中、石畳の古い坂道を上ると、波のような音に包まれた。枝いっぱいに茂る葉を大きく風になびかせる、クスノキの巨木が2本。深いゆったりとしたざわめきが頭上から降り注ぐ。小鳥のさえずりや子どもたちの歓声、坂下の路面電車、寺院や教会の鐘、港の汽笛……一日たたずめば、様々な音が重なる。
長崎・山王神社のクスノキは、樹齢400年とも600年とも言われる。人々の営みをずっと見つめてきた巨体には、大きなつめ跡が残る。
61年前の8月9日、800メートル離れたところに原子爆弾が落ちた。
神社の氏子の森田博満さん(71)は当時10歳だった。爆弾が落ちてくるところを、その目で見た。一緒にいた兄は、後に亡くなった。焦土の中、半ば黒焦げとなったクスノキが記憶に焼き付いている。「前は、すごい鬱蒼(うっそう)としとったのに……」
18歳になって東京の鉄骨会社に就職。10年働き技術を身につけ、独立しようと長崎に戻った。再会したクスノキは青々と葉を茂らせ、ざわめきを奏でていた。終戦後ほどなく芽吹いたという。「枯れたと思うとった木が生き延びて、昔とおんなじ、こげん音まで出すようになったかと。感無量でした」
それから四十余年。さわやかな風とクスノキの葉擦れの音に、平和をかみしめる。
7年前、森田さんは、1本の苗木を母校に贈った。巨木の種を譲り受け、大事に育てたものだ。被爆の記憶を受け継ぐ木。小学校の校庭で、今では背丈4メートルにもなった。
(兼古勝史)