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2006.8.9(水)更新  日本音紀行 もうひとつの風景

 
山寺のセミ(山形市)

「閑かさ」の表情 様々に
切り立った岩の上にお堂が点在する山寺。青空が広がるとセミが元気よく鳴きだした =(撮影・上田頴人)

【交通】山寺へは新幹線・山形駅からJR仙山線で山寺駅まで約20分。下車徒歩約5分で山寺登山口。
 梅雨の晴れ間に杉並木の参道を上った。木立から聞こえるニイニイゼミの息の長いかすかな声が、高いピッチで上下に揺れる。ヒグラシの透明感のある鳴き声もふり注ぎ、岩山や寺院の屋根にこだました。

 ここ山寺で、松尾芭蕉は「閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉(せみ)の声」と詠んだ。

 そのセミは何か。昭和の初め、山形出身の歌人・斎藤茂吉と、東北帝大教授・小宮豊隆の論争になった。

 茂吉は、「閑かさ」を「群蝉(ぐんせん)の鳴くなかの静寂」ととらえ、アブラゼミだと断じた。威勢のいいアブラゼミが多数鳴く声、と考えたわけだ。小宮は「岩にしみ入る」のだから「細くて比較的澄んでいて糸筋のように」鳴くニイニイゼミだと主張。茂吉は「それでは当然すぎて、おもしろみがない」と反論、小宮も「太くて濁って直線的で息が続かないアブラゼミの声では、誠に具合が悪い」と応じた。

 結果は、茂吉の敗北宣言。芭蕉が山寺を訪ねた新暦7月13日は、アブラゼミが鳴くにはまだ早いからだ。

 「7月初めにニイニイゼミ、そしてヒグラシ。梅雨明けの頃、ミンミンゼミやアブラゼミが鳴き出す」。9歳からこの寺に勤める住職の清原浄田さん(78)はセミの声で季節の移ろいを知る。「夏の盛り、昔は今よりもっと鳴いていた。うるさくて会話も聞こえないほど」。セミの喧噪(けんそう)の中で知る静寂−−。茂吉の解釈も、捨てがたいと言う。

 セミ時雨に耳を澄ます。日がかげると、ヒグラシがピタリと鳴きやみ突然静寂が訪れた。こんな「閑かさ」もある。

(中村正人)


 ◆芭蕉が足を延ばした山寺

 岩山にそびえる山寺(宝珠山立石寺)は860年に天台宗の僧・円仁が開山。大小約40の建築物が点在し、参道の終点にある奥の院まで1015段の石段が続く。途中、芭蕉の俳句が刻まれた句碑や山形名物「玉こんにゃく」が味わえる茶屋などがあり、山寺随一の眺望といわれる五大堂からは、山あいに囲まれた町並みが見渡せる。入山料300円、中高生200円、小学生100円。午前8時〜午後5時。お問い合わせ先立石寺本坊(023・695・2002)。
 江戸時代前期の俳人・芭蕉は約半年かけて江戸から東北・北陸へと旅した中で、山形に約一カ月と最も長く滞在している。その間、俳人仲間の薦めもあって、山寺へと足を延ばした。道中、紅花を詠んだ。「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」。句碑が天童市内に立つ。
 ◆山寺芭蕉記念館

 山寺登山口から南に歩いて約15分のところにあり、芭蕉直筆の手紙や、茂吉が山寺を詠んだ短歌などを収蔵する。入館料400円、高校生300円、小中学生200円。午前9時〜午後4時半。不定休。お問い合わせ先023・695・2221。


(2006年8月9日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)
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