夜の闇の中、舟のかがり火が近づいてくる。川面を、縄につながれた水鳥たちが泳いでいるのが見える。そこに「ホーウ、ホウ」とやわらかい声。腰みのをつけ麻布を頭に巻いた、漁師たちのかけ声だ。
岐阜市内を流れる長良川。毎年春から秋まで、水鳥の鵜(う)を使ってアユを捕る「鵜飼い」が行われる。
鵜匠(うしょう)と呼ばれる鵜を操る漁師が縄をさばくたび、キュッキュッと琴の糸をしごくようなしなやかな音が響く。不意に羽ばたきがして、アユをくわえた鵜が引き上げられた。すると、カーンカーンと竹を割るような鋭い音が川面一面に響き渡る。船頭役の「とも乗り」が、櫂(かい)で舟べりをたたいたのだ。のんびりと泳いでいた鵜が一斉にもぐり始めた。
とも乗りの野村勉さん(67)は、15歳で修業を始めたベテランだ。「1羽がアユをとってくりゃ、その場所にはもっといる。だから合図してやるんさあ」。音の響きが良くないと鵜はもぐってくれない。「カンの悪いやつはいくらやってもペタペタと情けない音しきゃ出せないね」。野村さんも10年かかった。
昔はアユもたくさん捕れて、良い漁場に早く着くよう川の中を走って舟を引いていると「ぞうりの下まで入ってきた」。重労働だったが楽しくて、と振り返る。
やがてアユは激減。今では見せるのが仕事になった。観覧船の前の狭い範囲で漁場を探す。「捕れない日は、音だけでも景気よくカンカンさせる。じゃないとお客さんもこっちも寂しいだろ」。新たな苦労を、さらりと笑ってみせた。
(横内陽子)