白鉢巻きをきりりと締めて、「さあさ、お立ち会い」。聴衆の前に刀を振り上げ、「一枚が二枚、二枚が四枚……」、芝居気たっぷりの朗々たる口上に合わせて紙を切り刻んでいく。紙吹雪に歓声が起こるや、今度はその刃を腕にあて、語気を強めてこう見得(みえ)を切る。「でも心配はいらぬ。ひと塗りすれば、これこの通り。ピタリと止まる血止めの薬とござりまする」。拍手喝采−−。
筑波山名物ガマの油売り。落語のネタとしても有名だ。講談調のなめらかな口上に、ご当地では人懐っこい茨城弁のアドリブを交え、笑いを誘う。週末、筑波山神社のそばで、「筑波山ガマ口上保存会」の有志が実演をする。
「大人になったら自分もやりたいと言って、親に怒られた」。少年のころ、近所の神社で油売りを見た日の思い出を語るのは「口上師・須田瑞雲」こと須田瑞男さん(69)。
時は流れ小学校の教師をしていた20年ほど前、須田さんは、つくば科学万博の会場で当時の名人「18代永井兵助」こと岡野寛人さん(97)の口上を聴いた。万雷の拍手に感激、岡野さんに教えを請うたのが「須田瑞雲」の第一歩だった。
刀を派手に振り回す大道芸を、同じあこがれの目で見ていたかつての少年たちが集まって、やがて保存会が生まれる。「ガマの油はオラの地元のもんだっぺ」。ふるさとが誇る伝統芸能だと思うから、会員は毎週集まり腕を磨きあう。「口上は人生の縮図。その人なりの味を出せばいい」。まとめ役の須田さんは、こう考えている。
(中村正人)
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◆ガマの油
ガマガエルの分泌液を原料にした塗り薬とのふれ込みで、切り傷、やけどなどへの効能をうたった「ガマの油」。豊臣方と徳川方が戦った大坂の陣で、徳川方に従軍した筑波山腹の寺の住職が傷薬に用い、筑波山にガマが多く生息していたこともあって、筑波名物として知れ渡ったという言い伝えが残る。 口上は江戸時代、筑波山ろく永井村の兵助が、ガマの油で一もうけしようと宣伝文句を考えたのが始まりとされる。薬としての効能よりも口上のおもしろさで販売する「油売り」が、各地の縁日などで芸を披露。正調の口上にアレンジが加えられるなどして、今もなお伝統大道芸の地位を保つ。ガマの油の土産品も市内で販売されている。 |
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◆筑波山ガマ口上保存会
会員数約90人。永井兵助を襲名する名人を、技や人柄など総合的に判断して選定している。現在19代には初の女性名人、吉岡久子さん(83)。(土)(日)には筑波山腹の観光施設「ガマ園」で実演。見物できる(要問い合わせ)。出張実演や、春秋には一般向けの講習会も。TEL029・866・1110。
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(2006年8月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください) |
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