硫黄のにおい。熱気が肌をなでる。闇の中で、小さな光が奥に向かって点々と連なっている。夜を選んで谷底への道を歩く。すごみのある音が聞こえてきた。
鈍くとどろく山鳴りと、地の底からしみだすような煮えたぎる音。小さな温泉が地面の裂け目からいくつもわき出し、その場で沸騰している。静かな水面が泡立ち始め、見る見る熱湯がたぎる様は、まさに「地獄」の名にふさわしい。
登別の地獄谷は、約1万年前の噴火でできた。江戸期の紀行文に「湯元の音は百千の雷の如く」とある。往時の音の記憶は、「大砲地獄」「鉄砲地獄」といった大小の泉源の名にも刻まれている。
「昔に比べればおとなしくなった」と語るのは温泉街で生まれ育った玉川英三郎さん(84)。土産店を営んできたが、引退し、付近を散歩するのが日課だ。「子どもの頃はしょっちゅうここで遊んだ」。ガキ大将たちと崖(がけ)をよじ登り、一番奥に咲く花の実を採りに行く。ゴーゴーボコボコと鳴り響く音は子ども心を圧倒した、と振り返る。
近年、地獄谷の活動はやや沈静化しているようだ。だが、間欠泉が突然出現しては収まり、何年かたつと別のところで噴気が起こる。「奥の日和山に行ってごらんなさい」。玉川さんに教えられ、地獄谷から足を延ばしてみた。
山頂付近の岩の裂け目から高圧の蒸気が一気に噴き出し、ジェット機のような音が周囲にとどろく。沼は沸騰している。地下の脈動を、肌で感じた。
(兼古勝史)=おわり