小学校低学年でロックの電撃に打たれた。サンプラザ中野だー!
1967年の年末に聴いた、ザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」。これはいったい何なのだ?! 今まで聴いてきた音楽をすべて過去のモノにしてしまうほどのインパクトがあった。俺の心は全力でそれに食らいついた。好きで好きでたまらなくなってしまったのだ。
幼いころ聴いていた、童謡やテレビの主題歌は、どれも素晴らしい歌詞だった。整合性というモノがあった。ところが「帰って来たヨッパライ」にはそれがなかった。あったのかもしれないが、ワケがわからなかった。それまでは、歌を聴くときに歌詞を中心に聴いてきたが、「帰って来たヨッパライ」は歌詞があまりにも理解不能なので、初めて音にも耳が行った。音楽としてとらえたのである。音のアイデアの面白さにもやられた。「帰って来たヨッパライ」は俺の中で「神」となった。
フォークという文字がグループの名前の中に入っている。だから当時はフォークなのだろうと思っていた。しかし、今思うにあれは明らかに日本のロックの源流なのだろう。それはその後のメンバーの活躍を見ればわかる。
はしだのりひこ。彼はその後ヒット曲を連発した。「花嫁」「風」など。北山修。この方は医者に転身した。作詞家として、「あの素晴らしい愛をもう一度」「戦争を知らない子供たち」、はしだのりひこの2曲の作詞も手がけた。
加藤和彦。彼こそが中心人物。後にサディスティック・ミカ・バンドを結成し、イギリス公演を実現させている。1970年代にだ。まさしく彼は日本ロックの祖のひとりなのである。その後ソロ活動も続けている。1980年ごろのソロ作品は愛聴盤であった。つい最近彼を生で見た。「パッチギ! LOVE&PEACE」の試写会でオーケストラを指揮していた。相変わらずスタイリッシュで俺のあこがれなのであった。
| <サンプラザ中野 プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。46歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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