ザ・ビートルズがいたんだよ。サンプラザ中野だー!
1960年代といえばビートルズだろう。しかし俺はビートルズをリアルには体験していない。子供だったこともある。外国語だったということもある。でもそれよりも家に若い人がいなかったことが原因と思う。ビートルズが来日した66年。父・武雄は38歳。母・佐恵子は34歳。最新の音楽に感応できる年齢ではなかっただろう。
ビートルズに感応して日本で生まれたのがグループサウンズ(GS)である。60年代後半を席巻した。ザ・スパイダース、ザ・タイガース、ザ・ワイルドワンズ、ザ・テンプターズ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツなどをよく聴いた。中でもブルーコメッツの「ブルー・シャトウ」が大好きだった。小学生の間でも大いにはやっていた。ただし小学生はまともには歌わない。ちょっと歌詞をアレンジしていた。「森と泉にかこまれて」という歌い出し。この部分を「森トンカツ 泉ニンニク かコンニャク まれテンプラ」と、語尾と重なる食べ物の単語を付加した歌詞がはやったのである。これは面白かった。もしかしたらこれが初のパロディー体験かもしれない。
パロディーといえば、小学校3年の時にこんな歌詞を書いた。「黒い黒い空だよ スモッグだらけの空だよ 日本の島 公害だよ」。これは「サモア島の歌」という歌の替え歌である。もともとはポリネシア民謡に日本語の歌詞が付いたもの。それは「青い青い空だよ 雲のない空だよ サモアの島 常夏だよ」と歌っていた。この歌を合唱することになった時に、その練習時間に歌詞を思いついた。公害が話題になっていた頃だ。隣の友人に歌って聴かせたところ、笑いが止まらなくなった。2人で笑っていたら先生に見つかった。先生は怒った。「そんなに面白いなら、明日までに一番を全部書き換えてきなさい!」と。俺は一念発起して一晩で書き上げた。翌日、みんなの前で発表した。できは良かったと思う。先生も褒めてくれた。
| <サンプラザ中野 プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。46歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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